【第54話】氷室視点
上映終了を告げるシアターの照明が、ゆっくりと明るくなっていく。
俺は名残惜しさを感じながら、繋いでいた彼女の右手を、そっと離した。
「……面白かったね、神田さん」
俺が声をかけると、神田さんはロボットの関節パーツが錆びついたかのような、極めてぎこちない動作でこちらを振り返った。
「は、はい。大変優れたサスペンスアクション、かつ……人間の、心理描写の、バグ、が……」
完全に噛んでいる。しかも、眼鏡のレンズが彼女自身の体温のせいで、少し曇りかけていた。
いつもならここで「誰がバグやねん!」と鋭いエセ関西弁のカウンターが飛んでくるはずなのに、今の彼女は完全にキャパシティを超えて呆然としている。
「あはは、神田さん、顔真っ赤。……そんなに緊張してくれたんだ?」
「き、緊張など……総務部員としての、平常運転、です……」
彼女は震える手で眼鏡をかけ直し、大急ぎでシアターの出口へと歩き出した。少し早足なその背中が、たまらなく愛おしい。
映画館を出ると、新宿の街はすっかり午後の鮮やかな光に包まれていた。
仕様書の次のステップは、14時00分の和風パフェ。だけど、俺は彼女の前に回り込み、その綺麗な黒髪を見つめながら、一歩踏み込んで告げた。
「ねえ、神田さん。パフェの前に行きたいところがあるんだけど、仕様書(プラン)の変更、承認してくれる?」
「変更……ですか? 代替案の提示なき仕様変更は、スケジュールの遅延を――」
「遅延してもいいよ。今日は、1分1秒でも長く、神田さんと一緒にいたいから」
俺が真っ直ぐに彼女の目を見つめると、神田さんは一瞬、息を止めた。
上映終了を告げるシアターの照明が、ゆっくりと明るくなっていく。
俺は名残惜しさを感じながら、繋いでいた彼女の右手を、そっと離した。
「……面白かったね、神田さん」
俺が声をかけると、神田さんはロボットの関節パーツが錆びついたかのような、極めてぎこちない動作でこちらを振り返った。
「は、はい。大変優れたサスペンスアクション、かつ……人間の、心理描写の、バグ、が……」
完全に噛んでいる。しかも、眼鏡のレンズが彼女自身の体温のせいで、少し曇りかけていた。
いつもならここで「誰がバグやねん!」と鋭いエセ関西弁のカウンターが飛んでくるはずなのに、今の彼女は完全にキャパシティを超えて呆然としている。
「あはは、神田さん、顔真っ赤。……そんなに緊張してくれたんだ?」
「き、緊張など……総務部員としての、平常運転、です……」
彼女は震える手で眼鏡をかけ直し、大急ぎでシアターの出口へと歩き出した。少し早足なその背中が、たまらなく愛おしい。
映画館を出ると、新宿の街はすっかり午後の鮮やかな光に包まれていた。
仕様書の次のステップは、14時00分の和風パフェ。だけど、俺は彼女の前に回り込み、その綺麗な黒髪を見つめながら、一歩踏み込んで告げた。
「ねえ、神田さん。パフェの前に行きたいところがあるんだけど、仕様書(プラン)の変更、承認してくれる?」
「変更……ですか? 代替案の提示なき仕様変更は、スケジュールの遅延を――」
「遅延してもいいよ。今日は、1分1秒でも長く、神田さんと一緒にいたいから」
俺が真っ直ぐに彼女の目を見つめると、神田さんは一瞬、息を止めた。



