アンドロイド総務部員(※心の中はエセ関西弁)は、一途なチャラ男の底なし沼から抜け出せない

【第39話】
「……静かになりなさいと言っているのが分かりませんか。横になって、目を閉じて、呼吸を停止しろとは言いませんから、とにかく全ての外部出力をオフにしてください」
医務室のパイプ椅子に腰掛け、私はベッドの上の氷室先輩を見下ろした。
点滴のボトルから静かに落ちる透明な雫。カーテンで仕切られた薄暗い空間に、先輩の少し荒い寝息だけが響いている。
(……はあ。何が『強制シャットダウン』や。一番シャットダウンせなあかんのは私の脳みそやないかい!!!)
(何が『怒ってくれて嬉しい』やねん! 少女漫画のヒーローみたいな顔して看病されながら微笑むなボケ! こっちは先輩の重みで肩の筋肉が完全に乳酸まみれやぞ!)
「神田さん……」
カーテンの向こうから、点滴のチューブを引きずりながら、先輩が細い声で私を呼んだ。
「まだ起きていたのですか。睡眠は最高のバグ修正プログラムです。速やかにスリープモードへ――」
「違うんだ。……あの夜のこと、ちゃんと謝りたくて」
先輩は枕から頭を少し持ち上げ、真っ直ぐに私を見た。その瞳は、いつものチャラついた光を完全に消し去り、濡れた夜の雨のように深く、真剣だった。
「俺が、神田さんのこと『実験』して楽しんでるって噂、聞いたんだろ? ……あれ、違うから。俺が不甲斐ないせいで、神田さんをそんな最低な噂に巻き込んで、傷つけて……本当にごめん」
心臓が、ドクンと大きな音を立てた。
先輩は、私がなぜ『本物のアンドロイド』になってしまったのか、その原因を全て分かっていたのだ。分かった上で、あの地獄のような営業部との交渉を引き受け、資料を一人で作り上げた。
「俺、過去の先輩のことなんて、1ミリも重ねてない。俺が好きなのは、真面目で、優しくて、俺のくだらない言葉に全力で突っ込んでくれる、神田律さんだけだから」