アンドロイド総務部員(※心の中はエセ関西弁)は、一途なチャラ男の底なし沼から抜け出せない

【第36話】氷室視点
金曜日の午前11時。全社共有スペースの自動販売機の前で、俺は冷たい缶コーヒーを額に当てていた。
頭がガンガンと激しく脈打っている。視界が少しチカチカして、足元がフワフワと浮いているような感覚。さすがに限界だった。
「あ、氷室先輩。営業部との件、ありがとうございました」
背後から聞こえた声に、俺は弾かれたように振り返った。
そこに立っていたのは、資料の束を抱えた神田さんだった。相変わらず、隙のない完璧なスーツ姿。眼鏡の奥の瞳は、今日も冷たいガラス玉のように俺を映している。
「神田さん……。資料、見てくれた? 総務部の要件、全部クリアできてると思うんだけど……」
「はい。確認いたしました。完璧な仕上がりです。経営企画部としての職務全う、敬意を表します」
心の通わない、教科書通りの丁寧なお世辞。
俺は自嘲気味に小さく笑った。これだけ泥を被って、死に物狂いで資料を作っても、彼女の『本物のアンドロイドモード』は1ミリも揺るがない。俺の独りよがりな誠実さなんて、彼女にとってはただの「迷惑なスタンドプレー」でしかないんだ。
「そっか……よかった。神田さんにそう言ってもらえるなら、徹夜した甲斐もあったよ。じゃあ、俺はこれで……」
背を向けて歩き出そうとした瞬間、急激に視界が真っ暗になった。
天井と床がひっくり返るような強烈な目眩。あ、やばい、と思った時には、身体のバランスが完全に崩れていた。持っていた缶コーヒーが手から落ちて、床に乾いた音を立てる。
「――先輩!?」
カシャァァン!!! と、神田さんが抱えていた資料の束が床に派手に散らばる音が響いた。
次の瞬間、俺の身体は地面に落ちる前に、信じられないほどの力強さで、ガシッと両肩を掴み止められていた。
「っ、ちょっと待ちィや!! 何が『徹夜した甲斐もあったよ』やボケナス!!! 自分の身体のキャパシティも管理できへん奴が、全社システムの管理なんかできるわけないやろ!!!」
静まり返った共有スペースに、鼓膜を破らんばかりの特大の声量で、あのドスの利いたエセ関西弁が轟き渡った。