【第33話】
「神田さん、ちょっとこれ見てくれる? 開発チームと営業部との間で、新システムのデータ連携範囲についてかなり揉めてるみたいで……」
水曜日の午後、佐藤先輩が困り顔で私のデスクにやってきた。全社基幹システム刷新プロジェクトは、第2フェーズに入ってから各部署の利害対立が表面化し、調整が難航している。
「営業部側が要求している顧客データのリアルタイム連携ですが、現在のセキュリティ要件では許可できません。開発チームの主張が論理的に正しいです」
私は画面から目を離さず、淡々と答えた。
「そうなのよね。でも営業部の上層部がかなり強硬でさ。総務部にも『融通を利かせろ』って圧力が来てて……。でもね、さっき経営企画部の氷室くんが、その営業部の会議に一人で乗り込んでいったらしいの」
「……氷室先輩が、ですか」
タイピングする指が、ほんの一瞬だけ止まる。
「うん。営業部の部長相手に、開発側の意図と総務部のセキュリティリスクを全部まとめた膨大な資料を持って、直談判しに行ったんだって。いつもならスマートに立ち回る子が、あんなに泥臭く他部署の盾になって動き回るなんて珍しいわよね」
佐藤先輩の言葉を、私は感情の消えた頭で処理しようとした。
(……何をしてるんですか、あの人は)
(営業部のあのワンマン部長相手に直談判なんて、まともに話が通じる相手やないことくらい分かっとるやろ。スマートな王子様キャラはどこへ行ったんや。そんな泥臭いことしたって、私の査定には1ミリも影響せぇへんし、システムの要件が変わるわけでもないのに……)
「……無駄な稼働です。個人のスタンドプレーはプロジェクトの遅延を招くリスクがあります」
私は完璧な標準語でそう言い放ち、再びキーボードを叩いた。
脳内お笑い組合は休業したままだ。なのに、胸の奥の防壁の隙間に、冷たい雨が吹き込んでくるような、ざらついたノイズが走り始めていた。
「神田さん、ちょっとこれ見てくれる? 開発チームと営業部との間で、新システムのデータ連携範囲についてかなり揉めてるみたいで……」
水曜日の午後、佐藤先輩が困り顔で私のデスクにやってきた。全社基幹システム刷新プロジェクトは、第2フェーズに入ってから各部署の利害対立が表面化し、調整が難航している。
「営業部側が要求している顧客データのリアルタイム連携ですが、現在のセキュリティ要件では許可できません。開発チームの主張が論理的に正しいです」
私は画面から目を離さず、淡々と答えた。
「そうなのよね。でも営業部の上層部がかなり強硬でさ。総務部にも『融通を利かせろ』って圧力が来てて……。でもね、さっき経営企画部の氷室くんが、その営業部の会議に一人で乗り込んでいったらしいの」
「……氷室先輩が、ですか」
タイピングする指が、ほんの一瞬だけ止まる。
「うん。営業部の部長相手に、開発側の意図と総務部のセキュリティリスクを全部まとめた膨大な資料を持って、直談判しに行ったんだって。いつもならスマートに立ち回る子が、あんなに泥臭く他部署の盾になって動き回るなんて珍しいわよね」
佐藤先輩の言葉を、私は感情の消えた頭で処理しようとした。
(……何をしてるんですか、あの人は)
(営業部のあのワンマン部長相手に直談判なんて、まともに話が通じる相手やないことくらい分かっとるやろ。スマートな王子様キャラはどこへ行ったんや。そんな泥臭いことしたって、私の査定には1ミリも影響せぇへんし、システムの要件が変わるわけでもないのに……)
「……無駄な稼働です。個人のスタンドプレーはプロジェクトの遅延を招くリスクがあります」
私は完璧な標準語でそう言い放ち、再びキーボードを叩いた。
脳内お笑い組合は休業したままだ。なのに、胸の奥の防壁の隙間に、冷たい雨が吹き込んでくるような、ざらついたノイズが走り始めていた。



