【第32話】氷室視点
「氷室、お前最近どうしたんだ? 営業の数字は相変わらずトップだけど、なんか……顔が死んでるぞ」
経営企画部の同期に肩を叩かれたが、俺は生返事しか返せなかった。
デスクの上のPC画面には、神田さんから送られてきた簡潔極まりない業務メールが並んでいる。定型文通りの挨拶、無駄のない箇条書き、そして機械的な署名。
金曜日の夜を境に、彼女は完全に俺の前から「消えた」。
目の前にいるのは、形だけの、完璧なマニュアル通りに動く『神田律という名前のシステム』だ。
(俺が……彼女を追い詰めすぎたんだ)
あの夜、喫煙所の近くで他部署の連中が話していたくだらない噂話を、俺も後から耳にした。「学生時代の先輩の面影を重ねて実験している」――そんなデタラメなノイズを、もし彼女が聞いていたとしたら。
俺がどれだけ口先で「一途だ」と言っても、これまでのチャラついた態度のせいで、全部「からかいの言葉」に聞こえていたに違いない。
「……バカか、俺は」
俺は両手で顔を覆った。
学生時代の先輩なんて、とっくに過去の記憶だ。俺が今、狂いそうなほど惹かれているのは、目の前で全力で怒り、全力で突っ込んでくれていた、あの生身の神田律なんだ。
チャラチャラした態度で近づけば、面白がってもらえると勘違いしていた。彼女の本当の優しさに甘えていたのは、俺の方だ。
「神田さん。俺、絶対に諦めないから」
俺はスーツの上着を羽織り、ネクタイを締め直した。
もう、気取ったセリフも、高級な焼き菓子の買収もいらない。俺の本当の「泥臭い一途さ」で、もう一度、彼女の心のサーバーにアクセスしてみせる。そのためなら、どんな仕事だって、どんな泥を被ったって構わない。
「氷室、お前最近どうしたんだ? 営業の数字は相変わらずトップだけど、なんか……顔が死んでるぞ」
経営企画部の同期に肩を叩かれたが、俺は生返事しか返せなかった。
デスクの上のPC画面には、神田さんから送られてきた簡潔極まりない業務メールが並んでいる。定型文通りの挨拶、無駄のない箇条書き、そして機械的な署名。
金曜日の夜を境に、彼女は完全に俺の前から「消えた」。
目の前にいるのは、形だけの、完璧なマニュアル通りに動く『神田律という名前のシステム』だ。
(俺が……彼女を追い詰めすぎたんだ)
あの夜、喫煙所の近くで他部署の連中が話していたくだらない噂話を、俺も後から耳にした。「学生時代の先輩の面影を重ねて実験している」――そんなデタラメなノイズを、もし彼女が聞いていたとしたら。
俺がどれだけ口先で「一途だ」と言っても、これまでのチャラついた態度のせいで、全部「からかいの言葉」に聞こえていたに違いない。
「……バカか、俺は」
俺は両手で顔を覆った。
学生時代の先輩なんて、とっくに過去の記憶だ。俺が今、狂いそうなほど惹かれているのは、目の前で全力で怒り、全力で突っ込んでくれていた、あの生身の神田律なんだ。
チャラチャラした態度で近づけば、面白がってもらえると勘違いしていた。彼女の本当の優しさに甘えていたのは、俺の方だ。
「神田さん。俺、絶対に諦めないから」
俺はスーツの上着を羽織り、ネクタイを締め直した。
もう、気取ったセリフも、高級な焼き菓子の買収もいらない。俺の本当の「泥臭い一途さ」で、もう一度、彼女の心のサーバーにアクセスしてみせる。そのためなら、どんな仕事だって、どんな泥を被ったって構わない。



