【第31話】
「神田さん、この前のアラート対応の件なんだけど、開発チームから共有されたログの確認をお願いできるかな」
火曜日の午前中。私の席にやってきた氷室先輩のトーンは、先週までとは明らかに違っていた。いつものチャラついた笑顔も、無駄に甘い低音ボイスもそこにはない。ネクタイは第一ボタンまできっちりと締められ、髪も遊びのない誠実なスタイルに整えられていた。
「承知いたしました。該当のログデータを共有サーバーの指定フォルダへ格納してください。本日15時までに確認し、ステータスを更新いたします」
私はPC画面を見つめたまま、1ミリも表情を動かさずに答えた。声のトーンは一定、イントネーションも完璧な標準語。
(……よし。脳内お笑い組合は現在も完全休業中や。システムは極めて安定しとる)
(もう二度と、あの男の言動にリソースを割く必要はない。私はただの優秀な総務部員。目の前のタスクを粛々と処理するだけや)
「……神田さん、本当に、体調とか悪くない? 無理してない?」
先輩が心配そうに覗き込んでくる。その瞳には、かつてないほどの焦りと、本気のトレモロ(揺らぎ)が見えた。
「問題ありません。私の体調管理は万全です。業務以外のヒアリングは不要ですので、自席へお戻りください」
徹底的な冷徹。事務的なシャットアウト。
先輩は一瞬、ひどく傷ついたように眉を下げ、それから「……わかった。よろしく頼む」とだけ残して、力なく去っていった。
胸の奥が、ほんの少しだけツンと痛んだような気がした。
だが、私はすぐにそれを「エアコンの冷気による一時的な神経痛」と定義し、タイピングの速度を上げた。
「神田さん、この前のアラート対応の件なんだけど、開発チームから共有されたログの確認をお願いできるかな」
火曜日の午前中。私の席にやってきた氷室先輩のトーンは、先週までとは明らかに違っていた。いつものチャラついた笑顔も、無駄に甘い低音ボイスもそこにはない。ネクタイは第一ボタンまできっちりと締められ、髪も遊びのない誠実なスタイルに整えられていた。
「承知いたしました。該当のログデータを共有サーバーの指定フォルダへ格納してください。本日15時までに確認し、ステータスを更新いたします」
私はPC画面を見つめたまま、1ミリも表情を動かさずに答えた。声のトーンは一定、イントネーションも完璧な標準語。
(……よし。脳内お笑い組合は現在も完全休業中や。システムは極めて安定しとる)
(もう二度と、あの男の言動にリソースを割く必要はない。私はただの優秀な総務部員。目の前のタスクを粛々と処理するだけや)
「……神田さん、本当に、体調とか悪くない? 無理してない?」
先輩が心配そうに覗き込んでくる。その瞳には、かつてないほどの焦りと、本気のトレモロ(揺らぎ)が見えた。
「問題ありません。私の体調管理は万全です。業務以外のヒアリングは不要ですので、自席へお戻りください」
徹底的な冷徹。事務的なシャットアウト。
先輩は一瞬、ひどく傷ついたように眉を下げ、それから「……わかった。よろしく頼む」とだけ残して、力なく去っていった。
胸の奥が、ほんの少しだけツンと痛んだような気がした。
だが、私はすぐにそれを「エアコンの冷気による一時的な神経痛」と定義し、タイピングの速度を上げた。



