【第3話】
(なんでこれが私っぽいねん!!!)
(真面目を通り越して、私の見た目がそんなに攻撃的か!? それとも何!? 私の顔がハバネロに似てるとでも言いたいんかワレ!!!)
私の脳内お笑い組合が、一斉に拡声器を持ってシュプレヒコールをあげた。
手の中に残る缶は、自販機から出てきたばかりだというのに、妙に冷え切っていて不気味な存在感を放っている。赤地に黒い文字で『激辛』『挑戦者求む』とデカデカと書かれたパッケージは、どう見てもオフィスでOLがデスクに置くような代物ではない。
「……氷室先輩」
「ん?」
氷室は、自分がどれほど奇妙なものを差し出したか全く理解していないようで、大型犬のように無邪気な目で私を見つめている。その瞳があまりにも純粋で、濁りがなさすぎるのが、余計にタチが悪い。
「これが、なぜ私らしいとお考えになったのか、合理的な説明を求めます」
私は平坦なトーンを維持したまま、事務的に問い詰めた。声のトーンはいつも通り、1デシベルの狂いもない「総務部の神田」だ。
「え? ああ、だって神田さんって、いつもピシッとしてて、仕事に対しても一切妥協しないじゃん? その、なんていうか……ピリッと辛口で、芯が通ってる感じ? だから、この『刺激的な辛さ』がぴったりだなと思って」
氷室は、さも素晴らしい発見をしたかのように胸を張った。
(褒め言葉のチョイス、壊滅的か!!!)
(芯が通っとる表現に激辛スープ選ぶな! ほな、お前の中で私は飲むと胃壁が荒れるタイプの人間なんか!?)
危ない。喉の奥まで出かかった関西弁を、奥歯を噛み締め、唾液と一緒に力づくで飲み込む。
私の表情筋は、今日もチタン並みの硬度を誇っているはずだ。私は深く息を吸い、ハバネロスープの缶を氷室のデスクの、寸分の狂いもない直角の位置へと静かに戻した。
「お気持ちだけ受け取っておきます。なお、本日17時までに経費精算書の再提出がない場合、今月の立替金のお振込みは来月にキャリーオーバーとなりますので、ご承知おきください」
「えっ、ちょっと待って! それはマジで困る! 今月、車の車検があって金欠なんだよ!」
氷室が急に焦り出し、長い指先で髪をくしゃくしゃとかき回した。
その姿を見て、私はふと、社内での彼の「もう一つの噂」を思い出していた。
氷室蓮はチャラそうに見えて、実は特定の女性と浮いた話が一切ない。
同期の飲み会でも、可愛い後輩からアプローチされても、いつも笑顔でサラりとかわす。風の噂では、学生時代に一目惚れした「ある女性」のことを今でも忘れられず、その人のためだけに、自分の『一途さ』を鍵付きの箱にしまっているらしい。
(……ふん。その割には、やってることが小学生のイタズラレベルやけどな)
「では、失礼します」
私は踵を返し、背筋をピンと伸ばして経営企画部のフロアを去ろうとした。
背後から「神田さん! 待って、17時までに絶対出すから! スープ持ってってよ!」という情けない声が聞こえたが、私は一度も振り返らなかった。
自分のデスクに戻り、PCに向き合う。
画面に映る私の顔は、いつも通りの、無機質で冷徹な「アンドロイド神田」そのものだった。
(なんでこれが私っぽいねん!!!)
(真面目を通り越して、私の見た目がそんなに攻撃的か!? それとも何!? 私の顔がハバネロに似てるとでも言いたいんかワレ!!!)
私の脳内お笑い組合が、一斉に拡声器を持ってシュプレヒコールをあげた。
手の中に残る缶は、自販機から出てきたばかりだというのに、妙に冷え切っていて不気味な存在感を放っている。赤地に黒い文字で『激辛』『挑戦者求む』とデカデカと書かれたパッケージは、どう見てもオフィスでOLがデスクに置くような代物ではない。
「……氷室先輩」
「ん?」
氷室は、自分がどれほど奇妙なものを差し出したか全く理解していないようで、大型犬のように無邪気な目で私を見つめている。その瞳があまりにも純粋で、濁りがなさすぎるのが、余計にタチが悪い。
「これが、なぜ私らしいとお考えになったのか、合理的な説明を求めます」
私は平坦なトーンを維持したまま、事務的に問い詰めた。声のトーンはいつも通り、1デシベルの狂いもない「総務部の神田」だ。
「え? ああ、だって神田さんって、いつもピシッとしてて、仕事に対しても一切妥協しないじゃん? その、なんていうか……ピリッと辛口で、芯が通ってる感じ? だから、この『刺激的な辛さ』がぴったりだなと思って」
氷室は、さも素晴らしい発見をしたかのように胸を張った。
(褒め言葉のチョイス、壊滅的か!!!)
(芯が通っとる表現に激辛スープ選ぶな! ほな、お前の中で私は飲むと胃壁が荒れるタイプの人間なんか!?)
危ない。喉の奥まで出かかった関西弁を、奥歯を噛み締め、唾液と一緒に力づくで飲み込む。
私の表情筋は、今日もチタン並みの硬度を誇っているはずだ。私は深く息を吸い、ハバネロスープの缶を氷室のデスクの、寸分の狂いもない直角の位置へと静かに戻した。
「お気持ちだけ受け取っておきます。なお、本日17時までに経費精算書の再提出がない場合、今月の立替金のお振込みは来月にキャリーオーバーとなりますので、ご承知おきください」
「えっ、ちょっと待って! それはマジで困る! 今月、車の車検があって金欠なんだよ!」
氷室が急に焦り出し、長い指先で髪をくしゃくしゃとかき回した。
その姿を見て、私はふと、社内での彼の「もう一つの噂」を思い出していた。
氷室蓮はチャラそうに見えて、実は特定の女性と浮いた話が一切ない。
同期の飲み会でも、可愛い後輩からアプローチされても、いつも笑顔でサラりとかわす。風の噂では、学生時代に一目惚れした「ある女性」のことを今でも忘れられず、その人のためだけに、自分の『一途さ』を鍵付きの箱にしまっているらしい。
(……ふん。その割には、やってることが小学生のイタズラレベルやけどな)
「では、失礼します」
私は踵を返し、背筋をピンと伸ばして経営企画部のフロアを去ろうとした。
背後から「神田さん! 待って、17時までに絶対出すから! スープ持ってってよ!」という情けない声が聞こえたが、私は一度も振り返らなかった。
自分のデスクに戻り、PCに向き合う。
画面に映る私の顔は、いつも通りの、無機質で冷徹な「アンドロイド神田」そのものだった。



