【第23話】
トラブルが解決し、平穏を取り戻した水曜日の昼下がり。
私は総務部の共有キャビネットの整理をしていた。ファイルを背表紙の順にミリ単位で揃える――この単純作業こそが、私のすり減った精神を回復させる最高のデトックスだった。
「ねえ、経営企画部の氷室さんってさ、やっぱり他部署の女子からも大人気だよね」
キャビネットの向こう側から、他部署の女子社員たちの声が聞こえてきた。普段なら「他人の噂話など脳内ハードディスクの容量の無駄」とシャットアウトするところだが、「氷室」という単語に、私の指先がピタッと止まった。
「そうそう! さっきも開発部のマドンナって言われてる美人の先輩が、氷室さんに『プロジェクトの相談』って名目で、手作りの差し入れ渡してたよ」
「えー! 氷室さん、なんて言ってた?」
「いつも通り爽やかに笑って受け取ってたよ。やっぱり、あんなイケメンがフリーなわけないよね」
キャビネットの木目をじっと見つめる。
私の胸の奥に、得体の知れない「泥のようなモヤモヤ」がじんわりと広がっていくのを感じた。
(手作りの差し入れぇ……?)
(手作りって何や! 衛生管理の観点からどうなっとんねん! このご時世にどこの馬の骨かもわからん手作りクッキー会社で食えるかボケ! ほんで氷室も氷室や、なんやその『爽やかな笑顔』って! 八方美人かワレ! 私にはハバネロスープ押し付けといて、美人からの手作りは笑顔でレシーブかコラ!)
「……っ、美人からの手作りは笑顔でレシーブかコラ!!!」
「きゃっ!?」
キャビネットの向こう側で女子社員たちが短い悲鳴を上げ、足早に去っていく気配がした。
やってしまった。本日最大の大誤爆である。私は両手で激しく口を覆い、キャビネットの角に額を押し付けた。
落ち着け、神田律。
今の感情は何だ。嫉妬? んなわけあるかいな。
これは単なる「社内における贈収賄リスクおよび衛生管理上の懸念」だ。そう、私は総務部として、会社の風紀を心配しているだけ。
氷室先輩が誰から何を貰おうが、誰と付き合おうが、私の知ったことではない。彼の一途だの何だのという言葉は、ただのチャラ男の口から出まかせ。このモヤモヤは、完全に私の「勘違い」だ。
私は眼鏡をキッと指で押し上げ、何事もなかったかのように次のファイルを棚に叩き込んだ。
トラブルが解決し、平穏を取り戻した水曜日の昼下がり。
私は総務部の共有キャビネットの整理をしていた。ファイルを背表紙の順にミリ単位で揃える――この単純作業こそが、私のすり減った精神を回復させる最高のデトックスだった。
「ねえ、経営企画部の氷室さんってさ、やっぱり他部署の女子からも大人気だよね」
キャビネットの向こう側から、他部署の女子社員たちの声が聞こえてきた。普段なら「他人の噂話など脳内ハードディスクの容量の無駄」とシャットアウトするところだが、「氷室」という単語に、私の指先がピタッと止まった。
「そうそう! さっきも開発部のマドンナって言われてる美人の先輩が、氷室さんに『プロジェクトの相談』って名目で、手作りの差し入れ渡してたよ」
「えー! 氷室さん、なんて言ってた?」
「いつも通り爽やかに笑って受け取ってたよ。やっぱり、あんなイケメンがフリーなわけないよね」
キャビネットの木目をじっと見つめる。
私の胸の奥に、得体の知れない「泥のようなモヤモヤ」がじんわりと広がっていくのを感じた。
(手作りの差し入れぇ……?)
(手作りって何や! 衛生管理の観点からどうなっとんねん! このご時世にどこの馬の骨かもわからん手作りクッキー会社で食えるかボケ! ほんで氷室も氷室や、なんやその『爽やかな笑顔』って! 八方美人かワレ! 私にはハバネロスープ押し付けといて、美人からの手作りは笑顔でレシーブかコラ!)
「……っ、美人からの手作りは笑顔でレシーブかコラ!!!」
「きゃっ!?」
キャビネットの向こう側で女子社員たちが短い悲鳴を上げ、足早に去っていく気配がした。
やってしまった。本日最大の大誤爆である。私は両手で激しく口を覆い、キャビネットの角に額を押し付けた。
落ち着け、神田律。
今の感情は何だ。嫉妬? んなわけあるかいな。
これは単なる「社内における贈収賄リスクおよび衛生管理上の懸念」だ。そう、私は総務部として、会社の風紀を心配しているだけ。
氷室先輩が誰から何を貰おうが、誰と付き合おうが、私の知ったことではない。彼の一途だの何だのという言葉は、ただのチャラ男の口から出まかせ。このモヤモヤは、完全に私の「勘違い」だ。
私は眼鏡をキッと指で押し上げ、何事もなかったかのように次のファイルを棚に叩き込んだ。



