【第16話】氷室視点
怒りで黒い瞳を尖らせ、俺の手書きの資料に容赦なく赤ペンを入れていく神田さん。
その指摘は、ぐうの音も出ないほど的確だった。総務部の実務を完璧に把握しているからこそできる、無駄のないソリッドなアドバイス。
(……やっぱり、この人はすごいな)
社内の人間は、俺の見た目や営業成績だけを見て「天才肌」だの「何でもスマートにこなす」だのと言う。でも、俺がどれだけ裏で泥臭く資料を読み込み、他部署の業務を調べているかを知る人間は少ない。
だけど、神田さんだけは違う。
俺の雑な資料の裏にある「意図」を瞬時に見抜き、その上で「ここが足りない」「ここは現場の負担になる」と、対等なプロとして真っ向からぶつかってきてくれる。
「神田さん」
「何でしょうか。話を聞いてください。ここの自動化プロセスの分岐ですが――」
「いや、眼鏡変えた? すごく似合ってる」
神田さんの手がピタッと止まった。
今日、彼女がかけているのは、いつもの無機質な銀縁ではなく、少し落ち着いたクリアブラウンの細いフレームだった。彼女の白い肌と、綺麗な黒髪にとてもよく映えている。
「……業務に関係のない観察眼は不要です。セクハラで人事部にログを送信しますよ」
彼女は冷たく言い放ち、再びペンを動かした。声のトーンは完璧にコントロールされている。
だが、俺は見逃さなかった。
フレームの奥にある彼女の耳たぶが、ほんのりとピンク色に染まっていくのを。そして、持っている赤ペンの先が、わずかに細かく震えているのを。
手強い。本当にガードが固いし、絶対に俺の言葉を認めようとしない。
だけど、その鉄壁の防壁の隙間から、ほんの少しだけ漏れ出す「女の子」の反応が、俺の胸をどうしようもなく締め付ける。
「神田さん、俺、本気だからね。仕事も、あんたのことも」
俺が声を低くして言うと、神田さんはペンを置き、真っ直ぐに俺を睨み据えた。
「先輩の本気が、システムのバグを引き起こさないことを切に願います」
そう言って彼女は資料をまとめ、踵を返した。
その背中を見送りながら、俺は外した眼鏡をデスクに置き、小さく笑った。
怒りで黒い瞳を尖らせ、俺の手書きの資料に容赦なく赤ペンを入れていく神田さん。
その指摘は、ぐうの音も出ないほど的確だった。総務部の実務を完璧に把握しているからこそできる、無駄のないソリッドなアドバイス。
(……やっぱり、この人はすごいな)
社内の人間は、俺の見た目や営業成績だけを見て「天才肌」だの「何でもスマートにこなす」だのと言う。でも、俺がどれだけ裏で泥臭く資料を読み込み、他部署の業務を調べているかを知る人間は少ない。
だけど、神田さんだけは違う。
俺の雑な資料の裏にある「意図」を瞬時に見抜き、その上で「ここが足りない」「ここは現場の負担になる」と、対等なプロとして真っ向からぶつかってきてくれる。
「神田さん」
「何でしょうか。話を聞いてください。ここの自動化プロセスの分岐ですが――」
「いや、眼鏡変えた? すごく似合ってる」
神田さんの手がピタッと止まった。
今日、彼女がかけているのは、いつもの無機質な銀縁ではなく、少し落ち着いたクリアブラウンの細いフレームだった。彼女の白い肌と、綺麗な黒髪にとてもよく映えている。
「……業務に関係のない観察眼は不要です。セクハラで人事部にログを送信しますよ」
彼女は冷たく言い放ち、再びペンを動かした。声のトーンは完璧にコントロールされている。
だが、俺は見逃さなかった。
フレームの奥にある彼女の耳たぶが、ほんのりとピンク色に染まっていくのを。そして、持っている赤ペンの先が、わずかに細かく震えているのを。
手強い。本当にガードが固いし、絶対に俺の言葉を認めようとしない。
だけど、その鉄壁の防壁の隙間から、ほんの少しだけ漏れ出す「女の子」の反応が、俺の胸をどうしようもなく締め付ける。
「神田さん、俺、本気だからね。仕事も、あんたのことも」
俺が声を低くして言うと、神田さんはペンを置き、真っ直ぐに俺を睨み据えた。
「先輩の本気が、システムのバグを引き起こさないことを切に願います」
そう言って彼女は資料をまとめ、踵を返した。
その背中を見送りながら、俺は外した眼鏡をデスクに置き、小さく笑った。



