【第11話】
週末を挟んだ月曜日の朝。
私はいつも通り、完璧なポーカーフェイスでデスクに向かっていた。
先週金曜日の「シュレッダーパズル事件」および「うどん屋での宣戦布告」は、私の脳内ハードディスクの『一時フォルダ』に隔離し、強力なパスワードをかけて暗号化してある。会社のデスクに座れば、私は再び無機質なアンドロイドだ。氷室先輩の気まぐれなアプローチなど、我が総務部の鉄壁のファイアウォールで全てシャットアウトしてやる。
「おはよう、神田さん。これ、今週の経営会議の資料なんだけど……」
背後から聞こえた声に、私の背筋がピシリと凍りついた。
振り返ると、そこにはビシッと仕立ての良いネクタイを締め、髪も完璧にセットした氷室先輩が立っていた。心なしか、いつもより爽やかな笑顔である。
「おはようございます、氷室先輩。資料ならそちらのトレイに――」
「あ、それとこれ。今日の分の『セキュリティ解除キー』ね」
そう言って、氷室先輩が私のデスクにそっと置いたのは、小さな紙袋だった。
中を覗くと、有名店の高級マカロンが綺麗に並んでいる。
「……先輩、これは何でしょうか。受け取れません」
「え? 先週、神田さんのセキュリティは国家機密レベルって言ってたからさ。まずは甘いものでシステムをバグらせようと思って。俺、一途だから毎日通うよ?」
先輩は私のデスクの端に手を突き、周囲に聞こえないような甘い低音で囁いた。
月曜の朝から、ド直球の営業スマイル(私服用)。
私の脳内のプロ漫才師が、メガホンを放り投げて立ち上がった。
(月曜の朝イチから糖分でサイバー攻撃仕掛けてくるなボケェ!!! ほんでなんやその少女漫画のCV付きみたいな低音ボイスは! 声帯にマイナスイオンでも飼うとんのかワレ!)
「……っ、声帯にマイナスイオン飼うとんのかワレ!!!」
静まり返ったフロアに、私の鋭いツッコミが響き渡った。
またやってしまった。声に出ていた。しかも、先週よりさらに滑らかなエセ関西弁で。
隣の席の佐藤さんが「え……? マイナスイオン……?」と呟きながら、持っていたペンを落とした。
私は全身の血の気が引くのを感じながら、即座に口元を押さえ、視線を泳がせた。バグだ。完全に私のセキュリティシステムがバグを起こしている。



