アンドロイド総務部員(※心の中はエセ関西弁)は、一途なチャラ男の底なし沼から抜け出せない

【第1話】
丸の内線の大手町駅からオフィスへと続く地下通路は、毎朝、判で押したようなグレーのスーツケースとヒールの足音で埋め尽くされる。
神田律(かんだ りつ)、26歳。
私の朝は、常に完璧なタイムスケジュールでコントロールされている。7時15分起床、7時45分の電車に乗り、8時35分にオフィスのデスクに着く。デスクをアルコールシートで拭き、PCを起動し、メールの未読をゼロにする。9時の始業ベルが鳴る頃には、私の戦闘準備はすべて整っている。
「神田さん、おはよう。今期の方針書、もう目を通した?」
隣の席の先輩、佐藤さんがカフェラテのカップを置きながら話しかけてくる。私は画面から目を離さず、口角を正確に3ミリだけ上げて微笑んだ。
「はい。第3四半期の修正予算案も含め、すべて確認済みです。経営企画部からの差し戻しが予想される箇所を3点、あらかじめピックアップしてあります」
「相変わらず完璧ね……。ロボットかと思ったわ」
佐藤さんは半ば呆れたように笑い、自分の業務に戻っていった。
(ロボットなわけあるかいな。こちとら毎朝、満員電車で前のオッサンのリュックが肋骨にめり込んで『あばら折れるわ!』って脳内で絶叫しとる生身の人間じゃ)
私の脳内は、常にこの調子だった。
表向きは、黒髪ストレートを完璧にまとめ、黒い瞳に一切の感情を宿さない「鉄のOL」。だが、その裏側では、関西ローカルのお笑い番組で培われたキレッキレのエセ関西弁ツッコミが、24時間営業で稼働している。
「神田さん、ちょっといい?」
声をかけてきたのは、うちの部署の課長だった。その手には、見るからにフォーマットの崩れたエクセルの申請書が握られている。
「経営企画部の氷室くんがさ、また経費の精算書を間違えてて。これ、何度言っても直らないんだよね。悪いんだけど、神田さんから直接突き返して、修正させてくれない?」
「わかりました。指導を含め、対応いたします」
私は事務的に書類を受け取った。
氷室蓮(ひむろ れん)。28歳。
社内トップクラスの営業成績を誇り、誰もが振り返る端正なルックスを持ちながら、私生活とデスクの周りは驚くほどルーズな男。そして、私の「平穏なオフィスライフ」を脅かす、天敵のような存在だった。
(また氷室か! あの男、数字のセンスは天才的なのに、なんで『タクシー代』を『会議費』で落とそうとすんねん! タクシーの中でどんな会議したんや! 運転手巻き込んで今後の経営戦略でも語り合ったんかワレ!)
私は心の中で盛大にツッコミを入れながら、書類をクリアファイルに収めた。
この時の私はまだ知らなかった。
氷室蓮という男が、ただの「ルーズなイケメン」ではなく、一度決めた想いを何年でも抱え続ける、恐ろしく一途な男だということを。