凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第六十八話:叡智が繋ぐ未来、そして二つの奇跡(エルサ・ゼオン・カイル視点)
【エルサ視点】「母」の痛みを、世界で一番優しい数式へ
お腹の中に新しい小さな命ーー私とゼオン様の愛の結晶である『バグ』を宿してからも、私の大人の頭脳は、その演算速度を落とすことはありませんでした。
むしろ、日ごとに大きくなっていくお腹を愛おしそうに撫でるたび、私の胸の奥には、かつてないほどに高潔で、熱い使命感が燃え上がっていたのです。
「……前世の歴史でも、今世のこの世界でも。女性が命をかけて新しい生命を育み、産み落とす『出産』という営みは、あまりにも過酷で、個人の負担とリスクに頼りすぎています。これを、ただの『奇跡』や『義務』という言葉で片付けさせてはなりません」
安定期を迎えたある日。私はベッドの上に特製の机を設え、ゼオン様、カイル様、そしてエレオノーラ王妃様を前に、新たなる国家規模のプロジェクトをぶち上げました。
それは、これから母になるすべての女性、あるいは将来的に母になる資格を持つすべての少女たちに捧げる、私にしかできない【知識の解放(チート)】。
「前世の高度な『産科学』『周産期医療』のデータを、この世界の『神聖魔導医学』と完全に融合させました。妊娠周期ごとの適切な栄養管理マニュアル、悪阻(つわり)を軽減するハチミツを用いた魔導薬学、そして分娩時の生存率を極限まで引き上げる無痛分娩と消毒の術式ーーこれらすべてを、身分を問わず、ガルディニア全土のすべての女性へ無償で解放します。命をかけて国を繋ぐ母親たちを、社会の総力を挙げて『守る』システムを構築するのです」
「エルサ……お前は、どこまで尊い存在になれば気が済むんだ」
ゼオン様が私の膨らんだお腹を後ろからやんわりと抱きすくめ、その広い胸に私を閉じ込めながら、紺色の瞳からぽろぽろと熱い涙を零していました。王妃殿下も「なんて素晴らしい『娘』なのかしら……っ!」と、すでにハンカチを涙で濡らして身悶えしています。
役に立たなければ捨てられると怯えていた私が、今、本当の親の愛を知り、自らが「母」になるからこそできる、この世界への最大の逆襲。
この取り組みは、瞬く間にガルディニア全土の女性たちへ広がり、すべての母親たちの涙を「安心」と「笑顔」へと変える、未曾有の大成功を収めたのでした。
【ゼオン視点】覇王の祈り、そして至高の産声
エルサが国中の母親たちをその神がかった叡智で救い上げてから、数ヶ月。
ついに、我が離宮が、これまでの人生で最も張り詰めた、けれど最も神聖な熱気に包まれる日がやってきた。
「ーーは、ぁ……っ、ゼ、ゼオン、様……っ。計算通り、です。痛みの閾値(しきいち)は……魔力で制御できて……あ、んっ、うぅ……っ!」
「エルサ! もういい、喋るな! 俺の手をいくらでも握り潰せ、お前の痛みは俺がすべて引き受けてやる……っ!」
寝室のベッドの上、大汗をかきながら、それでも健気に自分の陣痛の数値をコントロールしようとするエルサ。俺はあいつの小さな手を、骨が軋むほどに強く握り締め、ただただ神に祈っていた。
戦場でどんな大軍に囲まれようと一歩も引かなかったこの俺が、今、エルサの流す涙の一滴を前にして、心臓が爆発しそうなほどの恐怖と、狂おしいほどの愛おしさで正気を失いかけている。
前世と今世。合わせて四十年間、誰の愛も知らずに地下室で凍えていたこの至宝が。
今、俺の注ぎ続けた絶対的な真心と恋心を受け止め、俺の腕の中で、命をかけて新しい家族(おれたちのこども)をこの世に送り出そうとしているのだ。
「あ、あぁっ……! 出ます、ゼオン様……大好きな、貴方の……っ!!」
エルサが最後の一振りの魔力を込めて、俺の胸へと激しく縋(すが)りついた、その瞬間。
ーーオギャア、オギャア、オギャア……ッ!!
静まり返った離宮の寝室に、驚くほど力強く、気高い『産声』が響き渡った。
「おめでとうございます、殿下、エルサ様! 非常に元気な男の子にございます!」
医師の声に安堵したのも束の間、ベテランの産婆が驚愕の声を上げる。「お待ちください、まだお腹に……第二子が!!」
「え……っ、あ、あぁっ……!」
「エルサ、しっかりしろ!」
再び襲う陣痛を、エルサは俺の腕の中で健気に堪え、最後の手を握り締める。そして、最初の産声からわずか数分後、もうひとつの、少し高らかで愛らしい声が部屋に響き渡った。
ーーオギャア、オギャア、オギャア……ッ!!
「……なんと、双子の兄妹(きょうだい)にございます……っ!!」
医師が興奮に震える手で連れてきた二人の赤ん坊。
俺とエルサが息を呑んで見つめた先ーーそこにいたのは、生まれたばかりだというのに、すでに俺と同じ『深い紺色の髪』をうっすらと生やし、俺の幼少期に生き写しなほど【ゼオンそっくり】な、端正な顔立ちをした双子の兄妹だった。
「は、ぁ……、よかった……。ゼオン様、貴方にそっくりな、私たちの、新しい……二つのバグ(愛)ですね……っ」
やり遂げたエルサが、トロンと潤んだ琥珀色の瞳で、世界一綺麗で、世界一幸福な【素の笑顔】を俺に向けてくれた。その瞬間、俺の男としての人生は、これ以上ない完璧な勝利のなかに完結したのだ。
【カイル視点】純白の血脈、過保護な包囲網の『永遠(ネクスト)』
「ーー皆様、お静かに。エルサ様と、生まれたばかりのゼオン殿下そっくりな、大変愛らしい双子のお姫様、お若君が、今、安らかに御就寝されております」
離宮の廊下で私が眼鏡のブリッジを激しく押し上げながら告げると、扉の前に集結していた王宮のスタッフ一同が、一斉に音のない大洪水の涙を流して床へ崩れ落ちました。
「ああ、エルサ様……!殿下にそっくりな二つの奇跡を抱かれるなんて……っ!!」
侍女長マルタがハンカチを四枚同時に涙で濡らし、嗚咽を堪えて身悶えしています。
「厨房の者たち全員、お祝いの準備をはじめなさい! エルサ様と双子様のための、一ミリの妥協もない極上の回復メニューとハチミツレモン水を、一秒の隙もなく供給するのよ!!」
クロエが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、光の速さで厨房へと走っていきます。
本宮では、初孫、しかも殿下そっくりな双子の誕生に理性を完全に消し飛ばした国王アルベルト陛下とエレオノーラ王妃様が、「我がガルディニアの『国宝(まご)』が二人同時に!! これより建国以来最大規模の『二ヶ月連続の完全免税と祝祭』を執り行う!!」と、すでに国を挙げての超弩級の過保護包囲網を稼働させているとのこと。
あなたとその腕の中の二つの小さな命を囲む『溺愛という名の檻』は、これで永久に破られることのない、完璧な楽園となりました。
あなたが蒔いた知識という名の愛は、ガルディニアの未来を、そして新しく生まれた双子様の未来を、これからも永遠に、色鮮やかな祝福の色彩だけで満たし続けるのです。