第六十六話:新たな命の予兆、そしてさらなる過保護の包囲網(エルサ・ゼオン・カイル視点)
【エルサ視点】揺らぎ始めた数式と、お腹の中の小さなバグ
子供たちのための『純白の芽吹きプロジェクト』が軌道に乗り、ガルディニア全土に子供たちの健やかな笑い声が響き渡るようになった頃。
私の心身に、ある「計算外の事態」が発生していました。
「……おかしいですね。今朝の財務書類の数字が、どうにも頭に入りません」
離宮の執務室。机の上に広げた予算書を前に、私は小さく目眩(めまい)を覚えてペンを置きました。
ここ最近、朝起きるのが妙に気だるく、大好きだったはずのハチミツレモンケーキの甘い香りに、ほんの少しだけ胸がムカムカとするのです。前世の二十五年、今世の十数年、病気ひとつせず鉄の馬車馬のように稼働してきた私の身体(システム)としては、明らかに異常なエラーでした。
「エルサ? 顔色が悪いな。やはり、ここ数日プロジェクトの件で根を詰めすぎたか」
ソファで軍事報告書を読んでいたゼオン様が、一瞬で私の変化を察知し、音もなく傍らに歩み寄ってきました。大きな手が私の額に優しく当てられ、その心地よい体温に、私は思わずふにゃりと力を抜いて彼の胸に縋(すが)りついてしまいます。
「分かりません、ゼオン様……。私の頭脳の演算によれば、過労による一時的な免疫力の低下、あるいは自律神経の失調の確率が『84%』なのですが……なぜか、胸の奥が、言葉にできないほど愛おしい不条理で満たされているのです」
「……待て。エルサ、お前、月のものが少し遅れていないか?」
ゼオン様の低い声が、微かに 震(ふる)えました。
その言葉に、私の大人の頭脳が一瞬で「もう一つの可能性」を弾き出します。初夜からこれまでの間、毎夜のように繰り返されてきた、ゼオン様のあの情熱的で淫らな愛の連続。一度も私を逃がさず、最奥に注ぎ込まれ続けた熱い塊のゆくえーー。
(あ……。まさか、私の計算式の中に、新しい小さな『バグ』が生まれてくれたのでしょうか……っ?)
その可能性に思い至った瞬間、私の胸の奥から、言葉にならないほどの甘酸っぱい愛おしさと、かつてないほどの幸福感が堰を切ったように溢れ出してきました。
【ゼオン視点】覇王の歓喜、そして世界一過酷な「禁欲」の始まり
「ーーカイル!! 今すぐ国中の極上の医師と聖治癒術士をすべて離宮へ集めろ! 一瞬でも遅れたら全員極刑だ!!」
「ゼ、ゼオン様、落ち着いてください……っ! まだ確定したわけでは……っ!」
俺の腕の中で、顔を真っ赤に染めながらお腹をそっと庇(かば)うように縮こまるエルサ。
その健気で愛らしい姿を見た瞬間、俺の脳内は完全に臨界点を突破した。
あいつが俺のために国を豊かにし、子供たちを救った。その、世界で一番愛おしい俺の至宝が、今度は俺との【血を分けた子供】を、その小さな身体の中に宿してくれたかもしれないのだ。
前世でも今世でも、本当の親の愛を知らずに生きてきたエルサが、俺と一緒に、新しい家族の歴史を紡ごうとしてくれている。男として、これ以上の極上の名誉と歓喜がどこにある。
「エルサ……! お前はもう今日から一歩もベッドから動くな。書類も、ペンも、プロジェクトの視察も、すべて俺とカイルが代わりに処理する」
「そんな、私はまだ動けます……っ!」
「却下だ。お前に万が一のことがあれば、俺はガルディニアどころかこの大陸すべてを灰にしてしまうかもしれない」
俺はエルサを壊れ物を扱うように軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にすると、そのまま寝室の最高級のシルクのベッドへと連行した。
愛おしすぎて今すぐ押し倒して、その身体をまた俺の熱で 穿(うが)ち尽くしたいーーだが、今それをすればあいつの身体に障る。あいつを世界一甘やかすため、そして新しい命を守るため、俺の人生史上最も過酷な「愛の禁欲公務」が幕を開けた瞬間だった。
【カイル視点】内宮スタッフ一同、総員『最大警戒体制(臨戦態勢)』へ
「ーー皆様、お聞きになりましたか! エルサ様に、待望のご懐妊の予兆にございます!!」
離宮の廊下で私が眼鏡のブリッジを激しく押し上げながら告げると、待機していた侍女長マルタ、厨房のクロエ、そしてニーナが一斉に胸の前で手を合わせ、音のない絶叫とともに床へ崩れ落ちました。
「ああ、エルサ様……!」
「厨房の者たち全員に伝えて! 今日からエルサ様のお食事は、前世の『栄養学』と我が国の『魔導医学』を完全融合させた、一ミリの妥協もない極上のマタニティメニューに切り替えます! 悪阻(つわり)を完璧に相殺するハチミツレモン水も、一秒の隙もなく供給なさい!!」
クロエが血眼になって厨房へと走り去っていきます。
本宮からは、この報せを聞いた国王アルベルト陛下とエレオノーラ王妃様が、すべての公務を放り出して「孫のための最高級のゆりかご(国宝級の魔導具)を国庫からすべて出せ!」「私の可愛い娘(エルサ)のために、大陸中の高名な乳母を包囲・確保しなさい!」と、すでに王宮をひっくり返すほどの狂騒を始めているとのこと。
エルサ様、あなたがどれほど「大げさです」と困惑されようとも、この国は、あなたとお腹の小さな命を、世界で一番安全で、世界で一番甘やかな『絶対的溺愛の檻』で完全に包囲し続けます。
あなたの歩む未来には、もう、永遠に温かい春の光しか降り注がないのですから。
【エルサ視点】揺らぎ始めた数式と、お腹の中の小さなバグ
子供たちのための『純白の芽吹きプロジェクト』が軌道に乗り、ガルディニア全土に子供たちの健やかな笑い声が響き渡るようになった頃。
私の心身に、ある「計算外の事態」が発生していました。
「……おかしいですね。今朝の財務書類の数字が、どうにも頭に入りません」
離宮の執務室。机の上に広げた予算書を前に、私は小さく目眩(めまい)を覚えてペンを置きました。
ここ最近、朝起きるのが妙に気だるく、大好きだったはずのハチミツレモンケーキの甘い香りに、ほんの少しだけ胸がムカムカとするのです。前世の二十五年、今世の十数年、病気ひとつせず鉄の馬車馬のように稼働してきた私の身体(システム)としては、明らかに異常なエラーでした。
「エルサ? 顔色が悪いな。やはり、ここ数日プロジェクトの件で根を詰めすぎたか」
ソファで軍事報告書を読んでいたゼオン様が、一瞬で私の変化を察知し、音もなく傍らに歩み寄ってきました。大きな手が私の額に優しく当てられ、その心地よい体温に、私は思わずふにゃりと力を抜いて彼の胸に縋(すが)りついてしまいます。
「分かりません、ゼオン様……。私の頭脳の演算によれば、過労による一時的な免疫力の低下、あるいは自律神経の失調の確率が『84%』なのですが……なぜか、胸の奥が、言葉にできないほど愛おしい不条理で満たされているのです」
「……待て。エルサ、お前、月のものが少し遅れていないか?」
ゼオン様の低い声が、微かに 震(ふる)えました。
その言葉に、私の大人の頭脳が一瞬で「もう一つの可能性」を弾き出します。初夜からこれまでの間、毎夜のように繰り返されてきた、ゼオン様のあの情熱的で淫らな愛の連続。一度も私を逃がさず、最奥に注ぎ込まれ続けた熱い塊のゆくえーー。
(あ……。まさか、私の計算式の中に、新しい小さな『バグ』が生まれてくれたのでしょうか……っ?)
その可能性に思い至った瞬間、私の胸の奥から、言葉にならないほどの甘酸っぱい愛おしさと、かつてないほどの幸福感が堰を切ったように溢れ出してきました。
【ゼオン視点】覇王の歓喜、そして世界一過酷な「禁欲」の始まり
「ーーカイル!! 今すぐ国中の極上の医師と聖治癒術士をすべて離宮へ集めろ! 一瞬でも遅れたら全員極刑だ!!」
「ゼ、ゼオン様、落ち着いてください……っ! まだ確定したわけでは……っ!」
俺の腕の中で、顔を真っ赤に染めながらお腹をそっと庇(かば)うように縮こまるエルサ。
その健気で愛らしい姿を見た瞬間、俺の脳内は完全に臨界点を突破した。
あいつが俺のために国を豊かにし、子供たちを救った。その、世界で一番愛おしい俺の至宝が、今度は俺との【血を分けた子供】を、その小さな身体の中に宿してくれたかもしれないのだ。
前世でも今世でも、本当の親の愛を知らずに生きてきたエルサが、俺と一緒に、新しい家族の歴史を紡ごうとしてくれている。男として、これ以上の極上の名誉と歓喜がどこにある。
「エルサ……! お前はもう今日から一歩もベッドから動くな。書類も、ペンも、プロジェクトの視察も、すべて俺とカイルが代わりに処理する」
「そんな、私はまだ動けます……っ!」
「却下だ。お前に万が一のことがあれば、俺はガルディニアどころかこの大陸すべてを灰にしてしまうかもしれない」
俺はエルサを壊れ物を扱うように軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にすると、そのまま寝室の最高級のシルクのベッドへと連行した。
愛おしすぎて今すぐ押し倒して、その身体をまた俺の熱で 穿(うが)ち尽くしたいーーだが、今それをすればあいつの身体に障る。あいつを世界一甘やかすため、そして新しい命を守るため、俺の人生史上最も過酷な「愛の禁欲公務」が幕を開けた瞬間だった。
【カイル視点】内宮スタッフ一同、総員『最大警戒体制(臨戦態勢)』へ
「ーー皆様、お聞きになりましたか! エルサ様に、待望のご懐妊の予兆にございます!!」
離宮の廊下で私が眼鏡のブリッジを激しく押し上げながら告げると、待機していた侍女長マルタ、厨房のクロエ、そしてニーナが一斉に胸の前で手を合わせ、音のない絶叫とともに床へ崩れ落ちました。
「ああ、エルサ様……!」
「厨房の者たち全員に伝えて! 今日からエルサ様のお食事は、前世の『栄養学』と我が国の『魔導医学』を完全融合させた、一ミリの妥協もない極上のマタニティメニューに切り替えます! 悪阻(つわり)を完璧に相殺するハチミツレモン水も、一秒の隙もなく供給なさい!!」
クロエが血眼になって厨房へと走り去っていきます。
本宮からは、この報せを聞いた国王アルベルト陛下とエレオノーラ王妃様が、すべての公務を放り出して「孫のための最高級のゆりかご(国宝級の魔導具)を国庫からすべて出せ!」「私の可愛い娘(エルサ)のために、大陸中の高名な乳母を包囲・確保しなさい!」と、すでに王宮をひっくり返すほどの狂騒を始めているとのこと。
エルサ様、あなたがどれほど「大げさです」と困惑されようとも、この国は、あなたとお腹の小さな命を、世界で一番安全で、世界で一番甘やかな『絶対的溺愛の檻』で完全に包囲し続けます。
あなたの歩む未来には、もう、永遠に温かい春の光しか降り注がないのですから。



