凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第五十九話:夕暮れの玉座、男たちの終わらない誓い(ゼオン・国王・王妃視点)
【国王視点】親バカ二世代の対峙
夕刻の陽光が、赤ワインのように濃厚な光となって王宮の政務室を染め上げていた。
俺ーーアルベルトは、執務机の前に呼び出された我が息子、ゼオンの顔を見つめる。相変わらず、隙のない傲然たる面構えだが、その紺色の瞳の奥に隠しきれない焦燥(エルサから引き離された不満)が浮かんでいるのが透けて見えた。
「父上、わざわざこの忙しい夕方に何の用だ。俺はこれからエルサと、彼女の組んでくれた新しい物流網の数式について、部屋で二人きりで密に検証する約束があるのだが」
「相変わらず重い男だな、ゼオン。だが、その検証は少し後回しにしろ。……お前に、エルサから預かった『手紙』を渡す」
俺が机の上に置いたのは、エルサの可憐な筆跡でゼオンの名が記された、一通の封書だった。
昼間、俺たち夫妻が受け取った国家規模の政策書とは別に、エルサが「ゼオン様には、直接渡すのがどうしても恥ずかしくて……」と、赤面しながらカイルに託した、彼への私信だ。
「……エルサから、俺への手紙だと?」
ゼオンの目の色が変わった。
その瞬間、俺の隣に控えていたエレオノーラが、嬉しさを堪えきれないといった様子で、扇の隙間からくすくすと笑い声を漏らす。
【王妃視点】甘やかな特権と、息子の敗北
「ええ、そうよ、ゼオン。あの子、私たちにあの素晴らしい『親孝行』を届けてくれた後、自分の部屋に閉じこもって、貴方のために一生懸命この手紙を書いていたの。カイルから内容の要約を聞いたけれど……本当に、あの子を今すぐ抱きしめてあげたくなったわ」
ゼオンは、まるで世界で最も壊れやすい国宝を扱うかのように、慎重な手つきで手紙の封を切った。
無骨な息子の指先が、微かに震えている。
手紙に書かれていたのは、昼間の華々しい『知識の恩返し』の裏にあった、エルサの、一人の「恋する少女」としての、あまりにも健気で真っ白な本音だった。
『ゼオン様へ。昼間、皆様に前世の知識をお渡ししましたが、本当は、一番伝えたかったことが書けませんでした。対価や価値を求めない貴方の不条理な溺愛に、私の心は完全に降伏いたしました。……これからは、前世の記憶(データ)ではなく、一人の「エルサ」として、貴方の真心と恋心に、全力で応えたいのです。……今夜、お部屋に戻られたら、また、私の頭をたくさん撫でてくださいますか?』
「ーーっ」
手紙を読み進めるにつれ、ゼオンの顔が引きつるように強張り、それから、見たこともないほど深く、耳の裏まで真っ赤に染まっていくのが分かった。
あの傲岸不遜な王太子が、十六歳の少女の、あまりにも純真な「おねだり」の前に、完全に理性を粉砕されて絶句している。その様子を見るのは、母親として最高の娯楽であり、同時に、心からの幸福だった。
「どうしたの、ゼオン? いつもみたいに『俺の所有物だ』って豪語しないの?」
【ゼオン視点】臨界点(メルトダウン)の先、終わらない独占
「……五月蝿(うるさ)い、母上。今、俺の脳内はエルサの尊さの処理で完全に飽和している。話しかけるな」
俺は手紙を胸ポケットの、最も心臓に近い位置へと、これ以上ないほど大切に仕舞い込んだ。
胸の奥から、狂おしいほどの愛おしさと、世界中のすべてを破壊してでもあいつをこの腕に閉じ込めたいという、強烈な独占欲が爆発する。
対価でも、投資でもない。あいつは、前世と今世のすべての防壁を解いて、一人の無防備な少女として、俺の『真心と恋心』に全力で応えると、そう文字にして俺に強請(ねだ)ってきたのだ。
「ゼオン」
机の奥から、父上が低く、けれどかつてないほどに父親らしい笑みを浮かべて俺を睨んできた。
「あの子は俺たちに最高の親孝行をしてくれた。そしてお前には、その魂のすべてを預けるという誓いをくれた。……もう、あの子の頭上に冬を連れてくるなよ」
「言われるまでもない。俺の命に代えても、エルサを世界一我が儘で、世界一幸福な俺の妃にしてやる」
俺は踵(きびす)を返し、政務室の扉を勢いよく開けた。
夕暮れの回廊を、俺の足はすでに、愛しい至宝が待つ離宮へと、限界以上の速度で向かっている。
背後では、父上と母上が「カイル、今夜のゼオンの公務もすべて白紙にしろ」「御意にございます、陛下。今夜は王宮全体で祝杯を挙げましょう」と、またしても過保護な完全包囲網を稼働させているのが聞こえたが、今はどうでもいい。
待っていろ、エルサ。
お前がその真っ白な恋心で俺に応えてくれるなら、俺は今夜、お前がもう勘弁してくれと泣くまで、その頭を、その身体を、俺の絶対的な真心で愛し尽くしてやる。