第五十八話:至宝の親孝行、あるいは震える手で受け取る奇跡(カイル・国王・王妃視点)
【カイル視点】完璧な側近の、完全なる敗北
「……失礼いたします、陛下、王妃様。エルサ様より、お二方へ『私からの心からの感謝です』と、こちらの書類をお預かりしてまいりました」
本宮の政務室。私はいつも通り完璧に整えた眼鏡の奥で、しかしその指先を微かに震わせながら、一束の羊皮紙を玉座の机へと捧げました。
先ほど離宮にて、エルサ様から直接この書類を託された時の衝撃が、いまだに私の胸を激しく揺さぶっています。
彼女は顔を林檎のように真っ赤に染め、小さな手をぎゅっと握り締めながら、「陛下と王妃様が、私にただ『美味しい』と笑うことだけを求めてくださったから……。私、嬉しくて、お二人の力になりたくて、前世の知識(データ)を総動員して書いたのです。……お、親孝行に、なるでしょうか……っ」と、消え入りそうな声で仰ったのです。
前世でのネグレクト、今世でのベルトラン公爵家からの冷酷な搾取。
「親」という存在からただ道具として磨り潰され、愛を向けられたことのなかった純白の少女が、生まれて初めて自らの意志で行った【親孝行】。
その羊皮紙に並ぶ数式と政策の文字を目にした瞬間、アルベルト陛下とエレオノーラ王妃様の目元が、一時に激しく見開かれました。
【王妃視点】涙で滲む、世界一愛おしい「娘」の文字
「……っ、アルベルト、これ……これは、一体……っ」
私は手渡された羊皮紙を握り締め、思わず扇を落としそうになりました。
そこに書かれていたのは、前世の高度な経済知識と、ガルディニアの現状を完璧に融合させた『内宮及び王領の、未来三十年間にわたる完全なる内政最適化計画書』でした。
ただのチートな知識ではありません。
項目の端々に、驚くほど細やかな、そして泣きたくなるほど健気な『祈り』が、エルサの美しい文字で書き添えられていたのです。
『王妃様が毎夜、私のドレスの選定で夜更かしをなされていると聞きました。前世の「衣服生産ラインの自動化」と「デザイン管理システム」を導入すれば、王妃様のプライベートな休憩時間が毎日「三時間」増えます』
『どうか、ご無理をなさらず、いつまでも私の優しいお母様でいてください』
「お母様、と……あの子、私のことを、そう書いてくれたのね……っ」
胸の奥から、言葉にならないほどの愛おしさと、涙が堰を切ったように溢れ出しました。
ベルトランのクズどもは、あの子のこの神がかった頭脳を、ただ自分たちの贅沢のために脅迫して搾取した。けれどエルサは今、私たちのことを本当の「両親」だと、無条件の愛を注いでくれる家族だと信じて、その最高の『知識という名の愛』を、震える手で私たちに返してくれたのです。
「ああ、なんて健気で、なんて愛らしい子なのかしら……っ! アルベルト、私は今すぐ離宮へ行って、あの子が嫌だと言っても腕の中に抱き潰して、世界一のお姫様として世界中の宝石を買い与えなければ気が済まないわ!」
涙を流しながら立ち上がる私を、しかし、隣の夫は止めることができませんでした。なぜなら彼自身もまた、見たこともないほどに心を激しく揺さぶられていたからです。
【国王視点】覇王の敗北、そして果てなき「親バカ」の誓い
「……フッ、ははは! 参ったな。この俺が、まさか十六歳の少女の『親孝行』の前に、ここまで完膚なきまでに叩きのめされるとは」
俺は手元の羊皮紙を睨みつけたまま、低く、低く笑うしかなかった。
エルサが俺に遺した記述ーーそれは、ガルディニア全土の流通網を前世の『コールドチェーン(低温物流)』の概念で繋ぎ、地方の平民たちの嬰児死亡率を『40%削減』する、国家の根幹を揺るがすレベルの超一級の戦略書だった。
だが、その最後に書かれた、消え入りそうな追記が、覇王たる俺の理性を完全に消し飛ばした。
『お父様はいつも、ガルディニアの民の命を背負って戦っていらっしゃいます。これでお父様の守りたい民の命が、もっとたくさん救われますように。……お仕事、あまり根を詰めすぎないでくださいね』
「お父様、か……。まったく、ゼオンの重すぎる執着を笑えん。俺だって今すぐ国庫の鍵を開けて、あの子の望むものを何でも買い与えたくなっている」
愛された記憶を持たず、親の温もりを知らずに生きてきた真っ白な少女。
そのエルサが、俺たちの注いだ『理由なき善意』を完全に受け止め、不器用ながらも、その神の頭脳のすべてを使って「お返し」をしてくれた。
対価でも、投資でもない。
ただ、俺たちに「笑って、長生きしてほしい」という、純白の真心。
「カイル。今すぐ内宮の予算を『三倍』に引き上げろ。エルサがどれほど効率的なシステムを組もうとも、浮いた時間と財源のすべては、あの子をこの世のあらゆる不条理な贅沢で甘やかすためだけに再投資する」
「御意にございます、陛下。すでに侍女長マルタたちも、エルサ様の『お母様、お父様』の記述を知り、感動のあまり本宮の廊下で大洪水の涙を流しながら、次なる溺愛の準備を始めております」
カイルが眼鏡の位置を静かに直し、不敵に微笑む。
エルサ、お前がその最高の頭脳で俺たちに愛を返してくれるなら、俺たち本物の親(家族)は、ガルディニアの国家のすべてを賭けて、お前をさらなる幸福の底へと溺れさせてやる。
愛を知らなかった至宝がもたらした初めての親孝行は、ガルディニア王宮の大人たちを、さらに歯止めの効かない『絶対的溺愛の怪物』へと進化させるのだった。
【カイル視点】完璧な側近の、完全なる敗北
「……失礼いたします、陛下、王妃様。エルサ様より、お二方へ『私からの心からの感謝です』と、こちらの書類をお預かりしてまいりました」
本宮の政務室。私はいつも通り完璧に整えた眼鏡の奥で、しかしその指先を微かに震わせながら、一束の羊皮紙を玉座の机へと捧げました。
先ほど離宮にて、エルサ様から直接この書類を託された時の衝撃が、いまだに私の胸を激しく揺さぶっています。
彼女は顔を林檎のように真っ赤に染め、小さな手をぎゅっと握り締めながら、「陛下と王妃様が、私にただ『美味しい』と笑うことだけを求めてくださったから……。私、嬉しくて、お二人の力になりたくて、前世の知識(データ)を総動員して書いたのです。……お、親孝行に、なるでしょうか……っ」と、消え入りそうな声で仰ったのです。
前世でのネグレクト、今世でのベルトラン公爵家からの冷酷な搾取。
「親」という存在からただ道具として磨り潰され、愛を向けられたことのなかった純白の少女が、生まれて初めて自らの意志で行った【親孝行】。
その羊皮紙に並ぶ数式と政策の文字を目にした瞬間、アルベルト陛下とエレオノーラ王妃様の目元が、一時に激しく見開かれました。
【王妃視点】涙で滲む、世界一愛おしい「娘」の文字
「……っ、アルベルト、これ……これは、一体……っ」
私は手渡された羊皮紙を握り締め、思わず扇を落としそうになりました。
そこに書かれていたのは、前世の高度な経済知識と、ガルディニアの現状を完璧に融合させた『内宮及び王領の、未来三十年間にわたる完全なる内政最適化計画書』でした。
ただのチートな知識ではありません。
項目の端々に、驚くほど細やかな、そして泣きたくなるほど健気な『祈り』が、エルサの美しい文字で書き添えられていたのです。
『王妃様が毎夜、私のドレスの選定で夜更かしをなされていると聞きました。前世の「衣服生産ラインの自動化」と「デザイン管理システム」を導入すれば、王妃様のプライベートな休憩時間が毎日「三時間」増えます』
『どうか、ご無理をなさらず、いつまでも私の優しいお母様でいてください』
「お母様、と……あの子、私のことを、そう書いてくれたのね……っ」
胸の奥から、言葉にならないほどの愛おしさと、涙が堰を切ったように溢れ出しました。
ベルトランのクズどもは、あの子のこの神がかった頭脳を、ただ自分たちの贅沢のために脅迫して搾取した。けれどエルサは今、私たちのことを本当の「両親」だと、無条件の愛を注いでくれる家族だと信じて、その最高の『知識という名の愛』を、震える手で私たちに返してくれたのです。
「ああ、なんて健気で、なんて愛らしい子なのかしら……っ! アルベルト、私は今すぐ離宮へ行って、あの子が嫌だと言っても腕の中に抱き潰して、世界一のお姫様として世界中の宝石を買い与えなければ気が済まないわ!」
涙を流しながら立ち上がる私を、しかし、隣の夫は止めることができませんでした。なぜなら彼自身もまた、見たこともないほどに心を激しく揺さぶられていたからです。
【国王視点】覇王の敗北、そして果てなき「親バカ」の誓い
「……フッ、ははは! 参ったな。この俺が、まさか十六歳の少女の『親孝行』の前に、ここまで完膚なきまでに叩きのめされるとは」
俺は手元の羊皮紙を睨みつけたまま、低く、低く笑うしかなかった。
エルサが俺に遺した記述ーーそれは、ガルディニア全土の流通網を前世の『コールドチェーン(低温物流)』の概念で繋ぎ、地方の平民たちの嬰児死亡率を『40%削減』する、国家の根幹を揺るがすレベルの超一級の戦略書だった。
だが、その最後に書かれた、消え入りそうな追記が、覇王たる俺の理性を完全に消し飛ばした。
『お父様はいつも、ガルディニアの民の命を背負って戦っていらっしゃいます。これでお父様の守りたい民の命が、もっとたくさん救われますように。……お仕事、あまり根を詰めすぎないでくださいね』
「お父様、か……。まったく、ゼオンの重すぎる執着を笑えん。俺だって今すぐ国庫の鍵を開けて、あの子の望むものを何でも買い与えたくなっている」
愛された記憶を持たず、親の温もりを知らずに生きてきた真っ白な少女。
そのエルサが、俺たちの注いだ『理由なき善意』を完全に受け止め、不器用ながらも、その神の頭脳のすべてを使って「お返し」をしてくれた。
対価でも、投資でもない。
ただ、俺たちに「笑って、長生きしてほしい」という、純白の真心。
「カイル。今すぐ内宮の予算を『三倍』に引き上げろ。エルサがどれほど効率的なシステムを組もうとも、浮いた時間と財源のすべては、あの子をこの世のあらゆる不条理な贅沢で甘やかすためだけに再投資する」
「御意にございます、陛下。すでに侍女長マルタたちも、エルサ様の『お母様、お父様』の記述を知り、感動のあまり本宮の廊下で大洪水の涙を流しながら、次なる溺愛の準備を始めております」
カイルが眼鏡の位置を静かに直し、不敵に微笑む。
エルサ、お前がその最高の頭脳で俺たちに愛を返してくれるなら、俺たち本物の親(家族)は、ガルディニアの国家のすべてを賭けて、お前をさらなる幸福の底へと溺れさせてやる。
愛を知らなかった至宝がもたらした初めての親孝行は、ガルディニア王宮の大人たちを、さらに歯止めの効かない『絶対的溺愛の怪物』へと進化させるのだった。



