凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第五十七話:至宝の恩返し、あるいは最大効率の『愛』(エルサ・ゼオン・カイル・王宮の人々視点)
【エルサ視点】大人の頭脳、初めて「愛」のために
対価、価値、投資、コスト。
これまでの私の人生を縛り、私を怯えさせていたすべての冷たい記号(ワード)は、ゼオン様たちの絶対的な真心と恋心によって、綺麗に融解しました。
(何も返さなくていい、ただそこにいて笑ってくれればいいと、皆様は仰るけれど……)
それでも、愛を知った一人の少女として、そして前世で二十五年、今世で十数年を必死に生きてきた一人の「大人」として。ただ甘やかされるだけで終わるなど、私のプライドが許しません。
「対価やビジネスとしてではありません。これは、私を『エルサ』という一人の人間に戻してくれた皆様への、私の『心からの感謝(愛)』なのです」
私は、手元に用意した膨大な羊皮紙の束をぎゅっと抱きしめ、離宮のテラスにゼオン様、カイル様、そして侍女長マルタや厨房のクロエを集めました。
前世のチート知識と、私の神がかった演算能力。それを初めて、義務ではなく「誰かを幸せにするためだけ」にフル稼働させた、私にしかできない最大最高の「お返し」の始まりです。
「まず、クロエ。あなたが仕入れてくれたハチミツとレモンですが、前世の保存技術(結晶化防止と低温熟成)のデータをすべてマニュアル化しました。これで、王宮の厨房の作業負担は『35%削減』され、味の鮮度は『二倍』長持ちします。それから、マルタ。侍女たちのシフト管理と内宮の動線に、前世の『ロジスティクス最適化アルゴリズム』を導入しました。これにより、全員の睡眠時間が毎日『二時間』増えます。……皆様、いつも私のために徹夜をしてくださるから、体に障ると思って……」
「え……?」
「エルサ様……?」
マルタやクロエが、呆然と羊皮紙を見つめます。
「そして、カイル様。ガルディニアの財務・法務の非効率な重複処理を、前世の『一元管理システム(データベース構造)』に置き換える設計図です。これで、あなたの深夜残業はほぼ『ゼロ』になります。……いつも、ゼオン様の我が儘のせいで、私のために机に向かってくださっていたでしょう? 私、それがずっと心苦しかったのです」
最後に、私は隣で目を見開いている最愛の婚約者へと向き直りました。
「ゼオン様。ガルディニア全土の魔力回路の伝導率を、前世の超伝導理論を応用して『12%向上』させる数式を構築しました。これで、あなたの国はさらに豊かになり、誰も飢えず、誰も傷つかない最強の盾を手に入れます。……大好きな貴方が、もう二度と、戦場で無理な負担を強いられないように」
私は、真っ赤になりながらも、琥珀色の瞳を真っ直ぐにゼオン様へと向けました。
役に立ちたいからではない。ただ、私を世界一甘やかしてくれた大好きな人たちに、心から笑って、健康で、幸せに生きていてほしい。その純粋な祈りが、私の知識という名の『愛』の正体でした。
【ゼオン視点】至宝の「最大の逆襲」、あるいは尊さの爆発
「ーーっ」
エルサの口から次々と飛び出す、国家を揺るがすレベルの超弩級の「恩返し(チート)」。
だが、俺をはじめ、その場にいる全員の心を撃ち抜いたのは、その知識の凄まじさではなかった。
『皆様、いつも私のために徹夜をしてくださるから体に障ると思って』
『いつも、ゼオン様の我が儘のせいで、私のために机に向かってくださっていたでしょう? 私、それがずっと心苦しかったのです』
『大好きな貴方が、もう二度と、戦場で無理な負担を強いられないように』
すべて、俺たちがエルサを甘やかすために費やした労力を、その賢すぎる頭脳でずっと観察し、胸を痛め、どうにかして「みんなを楽に、幸せにしたい」と、引きこもって必死に書き上げてくれたものだったのだ。
「エルサ……お前、本当に……っ」
俺は顔を覆って、深く、深く絶句した。
不器用ながらも「最大級の真心」を、自らのチート知識をフル活用して俺たちにぶつけてきている。その健気さ、その愛らしさ、その尊さ。
(おい、勘弁してくれ……。こんなの、さらに愛し抜く以外の選択肢が消えるだろうが……っ!)
「殿下、申し訳ありません。本日ばかりは主従の礼を失します。……エルサ様ァァァ!! なんという慈悲深き女神の御心か……っ!!」
カイルが眼鏡を放り投げる勢いで羊皮紙を抱きしめ、天を仰いで男泣きを始めた。
後ろでは侍女長マルタとクロエが「エルサ様が私たちの体を心配してくださった……!」「もう一生ついていきます!!」と、床に膝をついて大洪水の涙を流している。
「みんな、どうして泣くのですか……? 計算、間違っていましたか……っ!?」
慌ててオロオロとするエルサ。その無防備な細い身体を、俺は我慢の限界を迎えて、力任せに抱きすくめた。
【ゼオン視点】終わらない愛の拡大再生産
「ゼ、ゼオン様……っ? 苦しいです……っ」
「離すか。エルサ、お前がそんな最高のお返しをくれたんだ。俺たちの過保護な溺愛が、これで大人しく収まると思うなよ」
エルサが俺たちのために国を豊かにし、王宮を快適にしたのなら、浮いた時間と財源のすべては、さらに何倍、何十倍にして「エルサを世界一甘やかすため」だけに投資されることになる。
「え……? それでは、皆様の負担を減らした意味が……」
「大ありだ。これでカイルも侍女たちも、もっと全力でお前を甘やかす時間ができた。そして俺も、お前を一日中抱き締める公務(時間)を手に入れたわけだからな」
「そんな不条理な計算、前世の経済学にはありません……っ!」
真っ赤になって俺の胸をポカポカと叩く、世界一愛おしい俺の婚約者。
お前がその最高の頭脳で俺たちに愛を返してくれるなら、俺たちはその命のすべてを賭けて、お前をさらなる幸福の底へと溺れさせてやる。
至宝がもたらした最大効率の「恩返し」は、ガルディニア王宮を、さらに歯止めの効かない『絶対的溺愛の永久機関』へと変貌させるのだった。