第五十四話:無条件の証明(エルサ・ゼオン・カイル視点)
【エルサ視点】対価なき極上の果実
「……やはり、私には、この状況を処理する適切な数式が見当たりません」
数日後。離宮のテラスには、またしても息を呑むような極上の空間が仕立てられていました。
目の前にあるのは、国王陛下が東方の交易国から特別に買い付けたという「幻の白真珠の果実」。一口噛めば、体内の魔力回路を極限まで活性化させるという、国宝級の魔導果実です。
そして、その果実を器用に銀のナイフで切り分け、私の口元へと運ぼうとしているのは、他ならぬゼオン様でした。
「お前は、またそうやって難解な顔をして脳内をショートさせているな。ほら、口を開けろ、エルサ」
「ゼ、ゼオン様……っ! これほど高価な魔導果実を、ただの日常のオヤツとして消費するなど、投資対効果(ROI)が著しく破綻しています。この果実の対価に見合うだけの報告書を、私はまだ一枚も書き上げていないのです」
前世のブラック企業で刷り込まれた「成果なき者に報酬なし」という鉄の掟。そして、ベルトラン公爵家の地下室で、実の親から「お前が生きるためのコストを、その頭脳で稼ぎ出せ」と罵られ、叩き込まれた精神的搾取。
私の心には、ただ無条件に『美味しい』『嬉しい』と贅沢を受け入れるための機能が、生まれつき欠落しているのです。何かを頂くたびに、私の大人の頭脳は「次は何を差し出せばいいのか」と、恐怖に震えながら計算を始めてしまいます。
「お前に求める成果など、最初から一つしかないと言ったはずだ」
ゼオン様はナイフを置くと、私の少し強張った両肩をがっしりと掴み、そのまま逃げられないように私を見つめました。彼の深い紺色の瞳には、私をその歪んだ過去の亡霊から力ずくで引き剥がそうとする、執着の炎が灯っています。
「お前がこれを食べて、ただ『美味しい』と笑う。それ以外に、この国が求める対価など存在しない。エルサ、お前を道具として磨り潰した前世のクズどもや、ベルトランの亡霊が遺した壊れた数式を、今すぐ俺の前で初期化(リセット)しろ」
「ゼオン、様……っ」
降ってきたのは、お説教を遮るための、深く、深く、私の息をすべて奪い去るような熱い口づけでした。
何度も、何度も、私の唇の端を甘噛みし、吸い上げられるたびに、頭の中のパニックが一瞬で真っ白に溶かされていきます。愛を知らずに生きてきた私の心に、彼のこの不条理なまでの「強引な無条件」が、新しい世界の常識として染み込んでいくのです。
【ゼオン視点】純白の頁を、俺の体温で埋め尽くす
「ん、ぅ……っ……は、ぁ……」
唇を離すと、エルサはトロンと潤んだ琥珀色の瞳で俺を見上げ、完全にキャパシティオーバーを起こして俺の胸へと倒れ込んできた。
いつもなら、どんな難解な財務書類も一瞬で解き明かす「神の頭脳」が、俺のキスと、ただの果実を前にして、林檎のように顔を真っ赤にしてフリーズし、俺の胸元を小さな手でぎゅっと掴みながら、必死に俺の体温を受け止めようとしているのだ。
「エルサ。お前が『役に立たなければ捨てられる』と怯えるたびに、俺は何度でもお前をこうして抱きしめて上書きしてやる。お前はただ、俺の腕の中で、世界一我が儘な姫として生きていればいいんだ」
「……本当に、どこまでも、強欲で……優しい、王太子殿下ですね……っ」
恥ずかしそうに俺の胸に額を押し付けてくるエルサの健気さに、胸の奥から狂おしいほどの愛おしさが爆発する。この無垢な蕾が、完全に俺たちの愛に慣れるまで、俺の過保護な供給は一秒たりとも緩むことはない。
【カイル視点】至宝を包む、鉄壁の聖域(サンクチュアリ)
テラスの外、回廊の陰からその様子を見守りながら、私は手元の予定表を完全に白紙へと書き換えていました。
「カイル様、エルサ様は……本日も無事に、殿下の胸の中で『無条件の愛』を学習されたのですね……!」
私の隣で、侍女長マルタがハンカチを涙で濡らしながら、深く、深く感動に震えていました。厨房のクロエも、用意した果実が至宝の笑顔の糧になったことを知り、胸の前で手を合わせて拝んでいます。
「ええ、マルタ。エルサ様は未だに、親から愛されたことのない『欠落』に戸惑っていらっしゃいます。だからこそ、私たち王宮のスタッフ全員が、彼女の周囲を『理由なき善意』だけで完全に包囲し続ける必要があるのです」
私は眼鏡のブリッジを押し上げ、静かに微笑みました。
あなたがどんなに「私はコストだ」と逃げようとも、この国の中枢、そしてこの王宮のすべての人間が、それを許しません。あなたが自らの意志で、最高の笑顔と我が儘をこの世界に響かせるその日まで。私たちガルディニアの過保護な甘雨は、あなたの頭上の冬を、完璧な春の色彩で塗り潰し続けるのです。
【エルサ視点】対価なき極上の果実
「……やはり、私には、この状況を処理する適切な数式が見当たりません」
数日後。離宮のテラスには、またしても息を呑むような極上の空間が仕立てられていました。
目の前にあるのは、国王陛下が東方の交易国から特別に買い付けたという「幻の白真珠の果実」。一口噛めば、体内の魔力回路を極限まで活性化させるという、国宝級の魔導果実です。
そして、その果実を器用に銀のナイフで切り分け、私の口元へと運ぼうとしているのは、他ならぬゼオン様でした。
「お前は、またそうやって難解な顔をして脳内をショートさせているな。ほら、口を開けろ、エルサ」
「ゼ、ゼオン様……っ! これほど高価な魔導果実を、ただの日常のオヤツとして消費するなど、投資対効果(ROI)が著しく破綻しています。この果実の対価に見合うだけの報告書を、私はまだ一枚も書き上げていないのです」
前世のブラック企業で刷り込まれた「成果なき者に報酬なし」という鉄の掟。そして、ベルトラン公爵家の地下室で、実の親から「お前が生きるためのコストを、その頭脳で稼ぎ出せ」と罵られ、叩き込まれた精神的搾取。
私の心には、ただ無条件に『美味しい』『嬉しい』と贅沢を受け入れるための機能が、生まれつき欠落しているのです。何かを頂くたびに、私の大人の頭脳は「次は何を差し出せばいいのか」と、恐怖に震えながら計算を始めてしまいます。
「お前に求める成果など、最初から一つしかないと言ったはずだ」
ゼオン様はナイフを置くと、私の少し強張った両肩をがっしりと掴み、そのまま逃げられないように私を見つめました。彼の深い紺色の瞳には、私をその歪んだ過去の亡霊から力ずくで引き剥がそうとする、執着の炎が灯っています。
「お前がこれを食べて、ただ『美味しい』と笑う。それ以外に、この国が求める対価など存在しない。エルサ、お前を道具として磨り潰した前世のクズどもや、ベルトランの亡霊が遺した壊れた数式を、今すぐ俺の前で初期化(リセット)しろ」
「ゼオン、様……っ」
降ってきたのは、お説教を遮るための、深く、深く、私の息をすべて奪い去るような熱い口づけでした。
何度も、何度も、私の唇の端を甘噛みし、吸い上げられるたびに、頭の中のパニックが一瞬で真っ白に溶かされていきます。愛を知らずに生きてきた私の心に、彼のこの不条理なまでの「強引な無条件」が、新しい世界の常識として染み込んでいくのです。
【ゼオン視点】純白の頁を、俺の体温で埋め尽くす
「ん、ぅ……っ……は、ぁ……」
唇を離すと、エルサはトロンと潤んだ琥珀色の瞳で俺を見上げ、完全にキャパシティオーバーを起こして俺の胸へと倒れ込んできた。
いつもなら、どんな難解な財務書類も一瞬で解き明かす「神の頭脳」が、俺のキスと、ただの果実を前にして、林檎のように顔を真っ赤にしてフリーズし、俺の胸元を小さな手でぎゅっと掴みながら、必死に俺の体温を受け止めようとしているのだ。
「エルサ。お前が『役に立たなければ捨てられる』と怯えるたびに、俺は何度でもお前をこうして抱きしめて上書きしてやる。お前はただ、俺の腕の中で、世界一我が儘な姫として生きていればいいんだ」
「……本当に、どこまでも、強欲で……優しい、王太子殿下ですね……っ」
恥ずかしそうに俺の胸に額を押し付けてくるエルサの健気さに、胸の奥から狂おしいほどの愛おしさが爆発する。この無垢な蕾が、完全に俺たちの愛に慣れるまで、俺の過保護な供給は一秒たりとも緩むことはない。
【カイル視点】至宝を包む、鉄壁の聖域(サンクチュアリ)
テラスの外、回廊の陰からその様子を見守りながら、私は手元の予定表を完全に白紙へと書き換えていました。
「カイル様、エルサ様は……本日も無事に、殿下の胸の中で『無条件の愛』を学習されたのですね……!」
私の隣で、侍女長マルタがハンカチを涙で濡らしながら、深く、深く感動に震えていました。厨房のクロエも、用意した果実が至宝の笑顔の糧になったことを知り、胸の前で手を合わせて拝んでいます。
「ええ、マルタ。エルサ様は未だに、親から愛されたことのない『欠落』に戸惑っていらっしゃいます。だからこそ、私たち王宮のスタッフ全員が、彼女の周囲を『理由なき善意』だけで完全に包囲し続ける必要があるのです」
私は眼鏡のブリッジを押し上げ、静かに微笑みました。
あなたがどんなに「私はコストだ」と逃げようとも、この国の中枢、そしてこの王宮のすべての人間が、それを許しません。あなたが自らの意志で、最高の笑顔と我が儘をこの世界に響かせるその日まで。私たちガルディニアの過保護な甘雨は、あなたの頭上の冬を、完璧な春の色彩で塗り潰し続けるのです。



