凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第五十二話:目覚めの朝と、計算外の甘やかし(エルサ・ゼオン・侍女視点)
【エルサ視点】朝の光と、上書きされた仕様
(……温かい。そして、体が動きません……?)
小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝の光に、私は意識を浮上させました。
大人の頭脳が覚醒すると同時に、私の全身を包む圧倒的な熱量と、腰をがっちりとホールドしている頑丈な腕の存在に気がつきます。
私の背中を完全に密着させ、包み込むようにして眠っているのは、ゼオン様でした。
「あ……」
前世の記憶、そしてベルトラン公爵家での日々において、「朝」とは冷酷な目覚まし時計の音とともに、秒単位のタスクへ飛び込むための過酷なスタートラインでした。誰かの体温を感じながら、このように微睡む(まどろむ)時間など、私のこれまでの二つの人生には一秒たりとも存在しなかったのです。
「……起きたか、エルサ」
頭上から、低く掠れた、起きたて特有の甘い声が降ってきます。ゼオン様は私の肩口に顔を埋め、ふにふにと髪を弄りながら、さらに腕の力を強めました。
「ゼ、ゼオン様……! もう完全に朝です。私は早く起きて、王太子妃としての公務の確認や、内宮の予算書のチェックをーー」
「却下だ」
私の大人の習慣(バグ)が稼働しかけた瞬間、ゼオン様は私の体を軽々と反転させ、完全にベッドへと組み敷きました。琥珀色の瞳を見つめてくる彼の紺色の瞳は、朝一番から酷く重く、粘ついた愛を孕んでいます。
「今日もお前に仕事などさせない。朝の公務はカイルがすべて処理してある。お前はただ、俺の腕の中で、昨日言った『我が儘』の続きをしていればいいんだ」
「続き、ですか……っ?」
「これだ」
降ってきたのは、まだ少し熱を帯びた、けれど驚くほど優しい朝のキス。
唇を何度も啄(ついば)まれ、吸い上げられるたびに、私の思考は真っ白にリセットされていきます。愛されたことのない私の心に、彼のこの不条理なまでの甘やかしが、新しい「朝の仕様」として、強引に、けれど心地よく書き換えられていきました。
【ゼオン視点】無垢な至宝を、朝陽の中で愛でる
「……ん、ぅ……、ゼオン、様……」
朝の光の中で、俺の胸に縋り付きながら、トロンとした目で俺を見上げてくるエルサ。
いつもなら「効率が〜」と正論を並べるあいつが、今は俺のキスだけで完全にフリーズし、顔を林檎のように真っ赤に染めて震えている。
この、大人の仮面をすべて剥ぎ取った後の、真っ白で無垢な少女の姿。
前世と今世、合わせて四十年間、誰の愛も知らずに磨り潰されてきたこの至宝を、朝一番からこうして独占し、俺の色に染め上げられる快感は、何物にも代え難い。
「エルサ、お前は本当に可愛いな。今日も一日、俺の傍から離さない」
「……どこまでも、不条理な、タイムスケジュールです……っ」
恥ずかしそうに俺の胸に額を押し付けてくるエルサの健気さに、胸の奥から愛おしさが限界突破して溢れ出す。お前が「愛されること」に慣れるまで、俺は毎朝、何度でもこの熱量でお前を上書きしてやる。
【侍女視点】内宮侍女たちの、静かなる狂騒
「ーーまあ! 殿下ったら、今朝もエルサ様をベッドから離してくださらなかったのね!」
着替えの準備を整え、寝室の外で控えていた侍女長マルタは、扉の奥から聞こえてくるエルサ様の可愛らしい抗議の声に、深く、深く感動の涙を流していました。
後ろに控えるニーナや厨房のクロエも、胸の前で手を合わせて身悶えしています。
「本当に……エルサ様は今まで、お父様やお母様からも、前世の冷酷な場所からも、一度も『おはよう』の抱擁すら受けたことがなかったとカイル様からお聞きしましたわ。それを思うと、殿下がこうして力ずくでお部屋に閉じ込めて、愛を注いでくださるのが、嬉しくて堪りません……!」
「ええ、私ども内宮侍女一同、エルサ様が『もう朝のご挨拶のキスは十分ですわ!』と、可愛らしい我が儘を仰るその日まで、全力で殿下の過保護をお支えいたしましょう!」
扉の外で、過保護な守護者たちが静かに誓いを新たにする中。
ガルディニアの誇る真の至宝は、今朝も世界で一番甘やかで、世界で一番安全な檻の中で、愛されることの幸せを、少しずつ、確かに学習していくのでした。