凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第四十三話:等価交換という名の絶対の愛(エルサ・ゼオン視点)
【エルサ視点】大人の算式、狂おしき上書き
ゼオン様が私の部屋へと戻られてから、私の部屋の空気は、再び彼の持つ絶対的な熱量によって支配されていました。
「ゼオン様……。もう、私の頭の中の計算は完全にフリーズしてしまったのです。ですから、そのように、何度も唇を重ねて『上書き』されなくても、私は十分に……」
私は、ベッドの上に横たえられたまま、彼の広い胸を小さな両手で押し返そうと試みていました。けれど、私の大人の抵抗など、彼の強固な腕の前では砂の城のように無力です。
「足りないな。お前のその賢すぎる頭脳は、少しでも隙を与えれば、また『自分は負債(コスト)だ』などと冷たい数式を巡らせ始める。だったら、俺の体温以外のデータを処理する余裕を、一秒たりとも与えないのが正解だろう」
ゼオン様は私の額に、そして目元に、慈しむように、けれど独占欲を隠そうともせずに何度も熱い息を落としてきます。
「……あ、の。陛下と王妃様が、私のような者にまで、あのように優しくしてくださるのが……やはり、どうしても怖いのです。何か裏があるのではないか、後から法外な付加価値を要求される『罠』なのではないかと……前世からの大人の直感が、私に警告をーー」
「罠だと疑うなら、それで構わない」
ゼオン様が、私の言葉を遮るように私の髪を指ですくい上げ、愛おしそうに目を細めました。
「だったら、これは『等価交換(ビジネス)』だと思え。お前は我が国の厨房を最適化し、侍女の動線を調律し、さらにはマルドゥーク帝国から魔石鉱山を丸ごと毟り取った。……これほどの超弩級の国家功績だ。ガルディニアの王族として、相応の最高報酬(支払)をするのは『義務』なんだよ、エルサ」
「最高報酬、ですか……?」
「ああ。お前をこの国の最高位である『王太子妃』の座に据え、生涯、誰も文句の言えない絶対の安全圏で、俺の愛だけを受け取らせる。……これが、我がガルディニアがお前に支払う、冷徹なまでの等価交換の算式だ。嫌だと言っても、契約書(冊立文書)のサインは、父上と母上がすでに済ませてある」
(等価交換……ビジネス、としての、王太子妃……?)
私の大人の頭脳が、その新しい論理(数式)を必死に解析しようと回転を始めます。
これは、無償の善意ではない。私が産み出した圧倒的な付加価値に対する、大国ガルディニアからの「正当な支払い」なのだ、と。
そう解釈した瞬間、私の心の中にあった「拒絶しなければ捨てられる」という恐怖の防壁が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのが分かりました。
「……どこまでも、強引で、不条理なビジネスモデルです、ゼオン様」
「ふっ、お前に認められたなら、最高の経営戦略だな」
私は、もう彼の手から逃れることを完全に諦め、その温かい胸の中に、自ら深く顔を埋めました。
【ゼオン視点】檻の完成、終わらない春の始まり
胸の中で、ようやく完全に「降伏」し、俺の体温を受け入れたエルサの小さな身体。
その柔らかな温もりを両腕でしっかりと抱きしめながら、俺は深い充足感とともに、底なしの独占欲を満たしていた。
前世での過酷な孤独も、ベルトラン公爵家での冷酷な搾取も。
お前が怯えていた「善意という名の罠」すらも、我が王族が用意した『等価交換のビジネス』という大義名分(ゆりかご)で、完璧にねじ伏せてやった。
お前がそう思わなければ動けないというのなら、いくらでもその賢い頭脳が納得する数式を用意してやる。だが、その数式の答えは、どこまで行っても「俺がお前を生涯離さない」という一点のみだ。
「カイル、準備はすべて整ったな」
翌朝、エルサを腕の中に眠らせたまま、寝室の扉越しに控えるカイルへと声をかけた。
「はっ。陛下、王妃様直々のご命令により、エルサ様の『王太子妃冊立』の布告書は、すでに全貴族、および大陸全土へと送付されました。ベルトランの生き残りを含め、あの至宝を小娘と蔑んだ羽虫どもは、今頃自らの犯した罪の重さに、地の底で絶望している頃にございます」
「上出来だ」
俺は腕の中で、すやすやと穏やかな寝息を立てている最愛の異邦人の前髪を、そっとかき上げた。
お前がどれほど自分の価値を疑おうと、この国全体がお前を『絶対の至宝』として包囲し、繋ぎ止める。
もう二度と、お前を冷たい日陰の地下室(檻)へなど戻さない。
俺の腕の中という、世界一傲慢で、世界一甘やかな幸福の檻の中で、ただ俺に愛されるだけの永遠の春を、これから一生かけて貪るがいい、エルサ。