凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第四十話:国王夫妻の来訪、あるいは規格外の溺愛(国王・王妃・エルサ視点)
【国王&王妃視点】淡白だった息子の重すぎる変貌
「本当に……あのゼオンなのか、あれは」
ガルディニア国王、アルベルトは、王族専用の私室(プライベート・サロン)のソファーに腰掛けながら、信じられないものを見る目で目の前の光景を凝視していた。その隣では、王妃エレオノーラが扇で口元を覆いながら、驚きと、それ以上の歓喜に瞳を輝かせている。
無理もない。一人息子のゼオンは、幼少期から文武両道、次期覇王としての器を完璧に備えていた。だが唯一の懸念は、人間としての「感情面」が淡白すぎることだった。
誰に対しても冷徹で、寄ってくる貴族の令嬢たちには一瞥もくれず、ただ「国益」という数式だけで生きているような男ーーそう心配していたのだ。
それが、どうだ。
「エルサ、そのハーブティーはもう冷めている。マルタ、新しく淹れ直させろ。……それと、クッションの高さが合っていないな? 俺の肩を貸す、寄りかかれ」
「ぜ、ゼオン様……っ、陛下と王妃様の前です。本当にお止めください……!」
ゼオンは周囲の目など微塵も気に留めず、隣に座る小柄な少女ーーエルサの腰を片腕で強固に囲い込み、まるで世界に二人しかいないかのように髪を撫で、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
その眼差しに宿る、重く、甘く、粘つくような底なしの執着。
(こちらが恥ずかしくなるほどの溺愛ぶりね……。でも、あの無味乾燥だったゼオンが、これほど激しく女性を欲するようになるなんて)
エレオノーラは内心で快哉を叫んでいた。
事前にカイルから、エルサの「神がかった頭脳と手腕」の報告は全て受けている。隣国マルドゥーク帝国の巧妙な詐欺をわずか三分で見抜き、逆に国家の心臓部(魔石鉱山)を丸ごと接収してみせたという、まさに救国の天才。
感情的にも、そして国益的にも、これ以上の王太子妃は大陸を探しても絶対にいない。国王夫妻の中で、二人の関係への「大賛成」の判は、すでに押されていた。
【エルサ視点】大人の理性を粉砕する、最大級の包囲網
(もう、どこを見れば良いのでしょうか……っ!)
私はゼオン様の頑丈な腕の中に文字通り「捕獲」されたまま、心の中で頭を抱えていました。
目の前には、この大国ガルディニアの頂点に君臨する国王陛下と王妃殿下。本来であれば、私のような行き場のない異邦人は、その不敬を咎められてもおかしくない立場です。
なのに、ゼオン様は私の「大人の分別」など力ずくで踏み倒し、両親の前で堂々と私を膝の上に引き寄せようとさえしています。
「ーーエルサと言ったな。固くなる必要はない。カイルからの報告は聞いている。マルドゥークの件、実に見事な手腕だった」
アルベルト陛下が、威厳に満ちた、けれど驚くほど温かい声で私に語りかけてくださいました。
「我が国の財務官たちが総出で解けなかった罠を、わずか三分で解体したとか。貴女のような至宝がガルディニアに、そしてゼオンの傍にいてくれること、王として、そして親として、これほど誇らしいことはない」
「ええ、本当よ」
王妃エレオノーラ様も、優しく微笑みながら頷かれます。
「ゼオンは昔から不器用で、感情が欠落しているのではないかと心配していたのだけれど……貴女という唯一無二の太陽に出会えて、ようやく本物の『人間』になれたのね。その重すぎる愛に、少し戸惑うこともあるでしょうけれど……どうか、この子を見捨てないであげてね?」
「へ、陛下……、王妃様……」
前世でも今世でも、成果を出せば「生意気だ」「道具の分際で」と虐げられてきた私。
それなのに、この国の最高権力者であるお二人は、私の知性を心から称賛し、それどころか、ゼオン様のこの「規格外の執着」ごと、笑顔で受け入れてくださっている。
(ゼオン様の誠実さの裏には、この温かいご両親がいたのですね……)
「父上、母上。エルサはまだ、自分の価値を低く見積もって引きこもろうとする悪い癖がある。お褒めの言葉はそのくらいにして、早く我が国(ガルディニア)の『王太子妃』としての席を正式に用意してやってくれ」
「ふっ、言われずともそのつもりだ。これほどの至宝、他の国に渡すわけがないだろう」
ゼオン様の言葉に、陛下が力強く笑う。
逃げ道など、最初からどこにもありませんでした。ガルディニアの王族という、世界で最も頑丈で甘やかな包囲網に囚われながら、私の「大人の理性」は、今度こそ完全に、心地よい降伏の白旗を掲げるしかありませんでした。