第三十六話:大罪の計量、あるいは絶対の序列(カイル視点)
重々しい鉄扉が閉まり、最愛の至宝の元へと歩み去るゼオン殿下の足音が完全に消えるのを見送ってから、私はゆっくりと振り返った。
室内に満ちる、鼻を突く血の匂いと、絶望がもたらす重苦しい沈黙。
足元には、かつてガルディニア王宮で最大級の権勢を誇った公爵が、自らの娘であった肉塊の横で、ただの生ゴミのように崩れ落ちている。
「で、殿下……カイル、殿……。どうか、我が一族の命だけは……っ」
床にへばりつき、私の靴を舐め回さんばかりの勢いで懇願する老公爵。
その醜悪な姿を見下ろしながら、私の脳裏を過ったのは、先ほど密偵から届けられた、薄暗い自室で一人、羊皮紙に向かって凍えるようにペンを走らせているエルサ様の姿だった。
(……あの御方は、先日のマルドゥーク帝国との交渉において、大陸中の財務官が束になっても見抜けなかった隠蔽数式をわずか三分で解体した)
結果として、我がガルディニアに莫大な利益をもたらし、隣国の牙を完璧にへし折ったのだ。それほどの偉業を成し遂げておきながら、あの御方は未だに「自分は何の成果も出していない」「ただの負債(コスト)なのではないか」と、そのあまりに深く、切ない前世の傷によって、一人、冷たい数式のバグに苦しめられている。
誰よりも高潔で、誰よりも圧倒的な知性。それでありながら、守ってあげなければ今にも消えてしまいそうな儚さを持つエルサ様を、私はもう、我が主君が命を賭してでも囲い込むべき、唯一無二の「絶対的な存在(王太子妃)」として認めているのだ。
それを。この、世界のシステムから取り残された老害どもはーー何と言った?
『あの小娘ごとき』
「……クック、ハハハハハハ……ッ!」
私の唇から、自らでも驚くほど冷酷で、歪んだ笑い声が漏れ出た。
部屋に控えていた近衛騎士たちが、その音に思わず身を強張らせるのが分かる。私は眼鏡のブリッジを静かに押し上げ、絶対零度の視線で老公爵を見据えた。
「公爵。貴方は先ほどから、自らの『命』を乞うているようですが……実に見当違いな計算違い(エラー)ですね」
私は懐から、彼らの息の根を完全に止めるための『奴隷鉱山への移送令状』を取り出し、床に放り投げた。
「貴方がたが犯した大罪は、ガルディニアの法で裁かれるような安いものではない。我が殿下のーーそして、この国を実質的に支配する『至宝』の心を惑わせ、傷つけた。その罪の重さは、貴方がたの命を数千回磨り潰したところで、到底釣り合いは取れないのですよ」
「ひっ……、あ、ああ……っ!」
「安心しなさい。一思いに殺してなどやりません。衣服の一枚、尊厳の一片すらも残さず、徹底的に、独善的に、貴方がたの人生のすべてをねじ伏せ、叩き潰します。最果ての奴隷鉱山で、己の愚かさを呪いながら、死ぬことさえ許されぬ永遠の地獄を味わうといい」
私が冷淡に手を振ると、近衛騎士たちが容赦なく老公爵の髪を掴み、引きずり始めた。
もう、立ち上がるどころか、声を発することさえ不可能なほどに精神を粉砕された元貴族の亡霊たち。その無様な背中を見送りながら、私は手元の書類に、完璧なサインを書き加えた。
ノイズは消えた。
さあ、我が主君よ。どうかその圧倒的な熱量で、あの愛おしき異邦人の頭脳を満たし、冷たいバグを跡形もなく上書きして差し上げてください。
重々しい鉄扉が閉まり、最愛の至宝の元へと歩み去るゼオン殿下の足音が完全に消えるのを見送ってから、私はゆっくりと振り返った。
室内に満ちる、鼻を突く血の匂いと、絶望がもたらす重苦しい沈黙。
足元には、かつてガルディニア王宮で最大級の権勢を誇った公爵が、自らの娘であった肉塊の横で、ただの生ゴミのように崩れ落ちている。
「で、殿下……カイル、殿……。どうか、我が一族の命だけは……っ」
床にへばりつき、私の靴を舐め回さんばかりの勢いで懇願する老公爵。
その醜悪な姿を見下ろしながら、私の脳裏を過ったのは、先ほど密偵から届けられた、薄暗い自室で一人、羊皮紙に向かって凍えるようにペンを走らせているエルサ様の姿だった。
(……あの御方は、先日のマルドゥーク帝国との交渉において、大陸中の財務官が束になっても見抜けなかった隠蔽数式をわずか三分で解体した)
結果として、我がガルディニアに莫大な利益をもたらし、隣国の牙を完璧にへし折ったのだ。それほどの偉業を成し遂げておきながら、あの御方は未だに「自分は何の成果も出していない」「ただの負債(コスト)なのではないか」と、そのあまりに深く、切ない前世の傷によって、一人、冷たい数式のバグに苦しめられている。
誰よりも高潔で、誰よりも圧倒的な知性。それでありながら、守ってあげなければ今にも消えてしまいそうな儚さを持つエルサ様を、私はもう、我が主君が命を賭してでも囲い込むべき、唯一無二の「絶対的な存在(王太子妃)」として認めているのだ。
それを。この、世界のシステムから取り残された老害どもはーー何と言った?
『あの小娘ごとき』
「……クック、ハハハハハハ……ッ!」
私の唇から、自らでも驚くほど冷酷で、歪んだ笑い声が漏れ出た。
部屋に控えていた近衛騎士たちが、その音に思わず身を強張らせるのが分かる。私は眼鏡のブリッジを静かに押し上げ、絶対零度の視線で老公爵を見据えた。
「公爵。貴方は先ほどから、自らの『命』を乞うているようですが……実に見当違いな計算違い(エラー)ですね」
私は懐から、彼らの息の根を完全に止めるための『奴隷鉱山への移送令状』を取り出し、床に放り投げた。
「貴方がたが犯した大罪は、ガルディニアの法で裁かれるような安いものではない。我が殿下のーーそして、この国を実質的に支配する『至宝』の心を惑わせ、傷つけた。その罪の重さは、貴方がたの命を数千回磨り潰したところで、到底釣り合いは取れないのですよ」
「ひっ……、あ、ああ……っ!」
「安心しなさい。一思いに殺してなどやりません。衣服の一枚、尊厳の一片すらも残さず、徹底的に、独善的に、貴方がたの人生のすべてをねじ伏せ、叩き潰します。最果ての奴隷鉱山で、己の愚かさを呪いながら、死ぬことさえ許されぬ永遠の地獄を味わうといい」
私が冷淡に手を振ると、近衛騎士たちが容赦なく老公爵の髪を掴み、引きずり始めた。
もう、立ち上がるどころか、声を発することさえ不可能なほどに精神を粉砕された元貴族の亡霊たち。その無様な背中を見送りながら、私は手元の書類に、完璧なサインを書き加えた。
ノイズは消えた。
さあ、我が主君よ。どうかその圧倒的な熱量で、あの愛おしき異邦人の頭脳を満たし、冷たいバグを跡形もなく上書きして差し上げてください。



