第三十四話:羽虫の羽音、覇王の断罪(ゼオン・カイル視点)
【ゼオン視点】不快なノイズ
「フランチェスカ、だと?」
執務室のデスクに向かったまま、俺は地を這うような声でその名を口にした。
カイルが持ってきた報告を聞いた瞬間、ペンを握る右手に思わず力が入り、上質な木製の軸がみしりと悲鳴を上げる。
幼馴染ーー世間やあの女の家は、都合よくそう触れ回っているらしい。だが俺にとっては、ただ子供の頃に王宮の夜会で何度か視界に入っただけの、名前と顔が一致する程度の「その他大勢」に過ぎない。
思い入れなど微塵もあるはずがなく、ましてや女としての好意など、天と地がひっくり返っても有り得ない話だ。ただ、我が国の公爵家という立場上、これまで俺を不快にさえしなければ放置しておいてやる、という程度の「無関心」の対象でしかなかった。
その羽虫が、あろうことか俺のエルサに接触し、その頭脳に毒を吹き込んだ。
「あいつの言葉を真に受けて、エルサはまた一人で冷たい数式の中に引きこもろうとしていたのか……」
胸の奥から湧き上がるのは、フランチェスカという羽虫に対する底なしの不快感と、激しい殺気だ。
エルサが前世と今世の傷を抱え、どれほどの恐怖と戦いながら俺の腕の中に居場所を見つけたか、何も知らない分際で。
「カイル。あの女がエルサに吐いた戯言、すべて把握しているな?」
「当然にございます、殿下」
影に控えさせていた密偵からの報告書を手に、カイルが冷酷な笑みを浮かべる。その眼鏡の奥の瞳もまた、冷徹な絶対零度の光を放っていた。
【カイル視点】蛇の足跡と、侍女の怒り
「ーーゼオン殿下の誠実さは、ただの義務。救い上げることで己のプライドを満たしているだけ、ですか。ふん、実につまらない、使い古された離間工作(嘘)ですね」
私は手元の報告書を冷ややかに読み上げ、それをデスクの上の灰皿へと落として火をつけました。
フランチェスカ嬢の仕掛けた策略は、実に見事な「大人の嘘」でした。事実と誇張を巧妙に織り交ぜ、心理的な隙を突く。普通の令嬢であれば、ただの嫉妬として片付けられるレベルのものです。しかし、エルサ様のように「役に立たなければ捨てられる」という過酷なトラウマを抱えた知性に対しては、それは世界の前提をひっくり返すほどの劇薬となり得る。
彼女は、自分がどれほど地雷を踏み抜いたのか、全く理解していない。
「カイル様、失礼いたします」
扉を激しく開けて入ってきたのは、エルサ様の専属侍女であるマルタと、おやつを担当しているクロエでした。二人の顔は、かつてないほどの怒りで紅潮しています。
「カイル様! フランチェスカ公爵令嬢の件、すでにご存知ですね!?」
「エルサ様、お部屋に戻られてから、ずっと悲しそうな顔で、何も手につかないご様子なのです! 殿下から頂いたハーブティーさえ、喉を通らないとおっしゃって……!」
王宮の侍女たちにとって、今やエルサ様はただの客人ではなく、その圧倒的な手腕で国を救い、なおかつ誰よりも謙虚で優しい「守るべき至宝」なのです。彼女を傷つけたフランチェスカに対する侍女たちの敵意は、いまや最高潮に達していました。
「安心しなさい、マルタ、クロエ。殿下も私も、我が国の至宝に泥を投げつけた不届き者を、そのままにしておくつもりはありません」
私は眼鏡の位置を正し、冷酷極まりない微笑みを主君へと向けました。
「殿下、公爵家への『お返し』の手配は、すべて整っております。あの羽虫の家ごと、我がガルディニアの盤面から完全に排除いたしましょう」
【ゼオン視点】絶対的な意思
「当然だ。我が国に、エルサを惑わす不快なノイズなど一音たりとも必要ない」
俺は立ち上がり、上着を乱暴に羽織った。
どれが真実で、どれが偽りか。
フランチェスカの巧妙な嘘のせいで、エルサの賢すぎる頭脳は今、狂ったようにエラーを起こして苦しんでいるのだろう。
だったら、その不条理な計算式を、力ずくで書き換えてやるまでだ。
俺の愛が、同情でも、義務でも、覇王のプライドなどという安い自己満足でもないということを。
お前を傷つける全ての亡霊と羽虫を、この手で一匹残らず叩き潰して、その無様な死体の上で証明してやる。
「カイル、行くぞ。まずはあの傲慢な公爵家から、ガルディニアにおけるすべての特権を剥奪する」
我が至宝を泣かせた対価は、マルドゥーク帝国よりも重い。
覇王の容赦なき怒りの鉄槌が、今度はいよいよ身内の身勝手な貴族へと振り下ろされようとしていた。
【ゼオン視点】不快なノイズ
「フランチェスカ、だと?」
執務室のデスクに向かったまま、俺は地を這うような声でその名を口にした。
カイルが持ってきた報告を聞いた瞬間、ペンを握る右手に思わず力が入り、上質な木製の軸がみしりと悲鳴を上げる。
幼馴染ーー世間やあの女の家は、都合よくそう触れ回っているらしい。だが俺にとっては、ただ子供の頃に王宮の夜会で何度か視界に入っただけの、名前と顔が一致する程度の「その他大勢」に過ぎない。
思い入れなど微塵もあるはずがなく、ましてや女としての好意など、天と地がひっくり返っても有り得ない話だ。ただ、我が国の公爵家という立場上、これまで俺を不快にさえしなければ放置しておいてやる、という程度の「無関心」の対象でしかなかった。
その羽虫が、あろうことか俺のエルサに接触し、その頭脳に毒を吹き込んだ。
「あいつの言葉を真に受けて、エルサはまた一人で冷たい数式の中に引きこもろうとしていたのか……」
胸の奥から湧き上がるのは、フランチェスカという羽虫に対する底なしの不快感と、激しい殺気だ。
エルサが前世と今世の傷を抱え、どれほどの恐怖と戦いながら俺の腕の中に居場所を見つけたか、何も知らない分際で。
「カイル。あの女がエルサに吐いた戯言、すべて把握しているな?」
「当然にございます、殿下」
影に控えさせていた密偵からの報告書を手に、カイルが冷酷な笑みを浮かべる。その眼鏡の奥の瞳もまた、冷徹な絶対零度の光を放っていた。
【カイル視点】蛇の足跡と、侍女の怒り
「ーーゼオン殿下の誠実さは、ただの義務。救い上げることで己のプライドを満たしているだけ、ですか。ふん、実につまらない、使い古された離間工作(嘘)ですね」
私は手元の報告書を冷ややかに読み上げ、それをデスクの上の灰皿へと落として火をつけました。
フランチェスカ嬢の仕掛けた策略は、実に見事な「大人の嘘」でした。事実と誇張を巧妙に織り交ぜ、心理的な隙を突く。普通の令嬢であれば、ただの嫉妬として片付けられるレベルのものです。しかし、エルサ様のように「役に立たなければ捨てられる」という過酷なトラウマを抱えた知性に対しては、それは世界の前提をひっくり返すほどの劇薬となり得る。
彼女は、自分がどれほど地雷を踏み抜いたのか、全く理解していない。
「カイル様、失礼いたします」
扉を激しく開けて入ってきたのは、エルサ様の専属侍女であるマルタと、おやつを担当しているクロエでした。二人の顔は、かつてないほどの怒りで紅潮しています。
「カイル様! フランチェスカ公爵令嬢の件、すでにご存知ですね!?」
「エルサ様、お部屋に戻られてから、ずっと悲しそうな顔で、何も手につかないご様子なのです! 殿下から頂いたハーブティーさえ、喉を通らないとおっしゃって……!」
王宮の侍女たちにとって、今やエルサ様はただの客人ではなく、その圧倒的な手腕で国を救い、なおかつ誰よりも謙虚で優しい「守るべき至宝」なのです。彼女を傷つけたフランチェスカに対する侍女たちの敵意は、いまや最高潮に達していました。
「安心しなさい、マルタ、クロエ。殿下も私も、我が国の至宝に泥を投げつけた不届き者を、そのままにしておくつもりはありません」
私は眼鏡の位置を正し、冷酷極まりない微笑みを主君へと向けました。
「殿下、公爵家への『お返し』の手配は、すべて整っております。あの羽虫の家ごと、我がガルディニアの盤面から完全に排除いたしましょう」
【ゼオン視点】絶対的な意思
「当然だ。我が国に、エルサを惑わす不快なノイズなど一音たりとも必要ない」
俺は立ち上がり、上着を乱暴に羽織った。
どれが真実で、どれが偽りか。
フランチェスカの巧妙な嘘のせいで、エルサの賢すぎる頭脳は今、狂ったようにエラーを起こして苦しんでいるのだろう。
だったら、その不条理な計算式を、力ずくで書き換えてやるまでだ。
俺の愛が、同情でも、義務でも、覇王のプライドなどという安い自己満足でもないということを。
お前を傷つける全ての亡霊と羽虫を、この手で一匹残らず叩き潰して、その無様な死体の上で証明してやる。
「カイル、行くぞ。まずはあの傲慢な公爵家から、ガルディニアにおけるすべての特権を剥奪する」
我が至宝を泣かせた対価は、マルドゥーク帝国よりも重い。
覇王の容赦なき怒りの鉄槌が、今度はいよいよ身内の身勝手な貴族へと振り下ろされようとしていた。



