凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第三十八話:至宝の休息、覇王の揺り籠(エルサ・ゼオン視点)
【エルサ視点】「贅沢」という名の戦場
マルドゥーク帝国との緊迫した交渉、そして鉱山の接収という劇的な勝利から数日。王宮の私の部屋には、信じられないほどの静寂が戻っていました。
(……はあ。また、この状態に戻ってしまいました)
私は、天蓋付きの大きなベッドの上で、贅沢な毛布に包まれながら深いため息をつきました。
帝国を三分で論破した「大人の頭脳」は、いまや完全に使い道を失い、再び「完全無職」の怠惰な日々に引き戻されていたのです。前世のブラック企業での二十五年を思えば、これは天国以外の何物でもないはずなのに、私の染み付いた貧乏性は、何もしていない自分にじわじわと罪悪感を抱かせます。
「エルサ様、本日のおやつは、クロエ特製のベリーのタルトでございます。殿下から『最高級の紅茶を淹れるように』と厳命されておりますの」
ニーナが嬉しそうに、湯気を立てる極上のハーブティーとタルトを運んできます。
「ありがとう、ニーナ。……でも、私は本当にただ寝ているだけで、このような贅沢を受け取って良いのでしょうか。ガルディニアの経済に、私の存在は完全にマイナスのコスト(負債)になっているのでは……」
「まあ! エルサ様ったら、またそんな難しい計算をなさって! 殿下がお聞きになったら、またお怒り(お色気)の決済が飛んできますわよ?」
ニーナのからかうような言葉に、私は先日のゼオン様からの「濃厚な報酬(キス)」を思い出し、耳まで真っ赤になって布団を被りました。
あの男の愛の表現は、私の緻密な大人の計算式をすべて力ずくで破綻させる、あまりにも不条理な暴力(熱量)なのです。
【ゼオン視点】檻の境界線
「ーーそうか。エルサはまた、自分の『存在理由』について悩んでいるのだな」
執務室でカイルからの報告を聞いた俺は、ペンを置き、愉悦の混じったため息を漏らした。
国を救うほどの頭脳を持ちながら、何もしていないと不安になる。前世からあいつを縛り付けてきた「役に立たねば捨てられる」という呪縛の根深さには、呆れると同時に、愛おしさが止まらなくなる。
「殿下、エルサ様の知性は我が国にとって不可欠なものとなりましたが、あまりに退屈にさせすぎると、また別の国への亡命を考えかねませんよ? 冗談ですが」
カイルが眼鏡の奥で意地悪く笑う。
「ふん。亡命などさせるか。大陸の果てまで追いかけて、その足に金の鎖でも繋いで俺の部屋から出さないようにしてやる」
俺は立ち上がり、エルサの待つ寝室へと歩みを進める。
部屋の扉を開けると、ベッドの上で小さく丸くなって、本を読みながらも何かを難しく考えている最愛の異邦人の姿があった。その姿を見た瞬間、俺の胸の奥の独占欲が、甘く疼き始める。
「エルサ。また俺の許可なく、頭の中で小難しい計算をしていたな」
「ぜ、ゼオン様……っ!? いつの間に……」
驚いて顔を跳ね上げたエルサのもとへ歩み寄り、俺はベッドの縁に腰掛け、彼女を毛布ごと引き寄せてその細い身体を腕の中に閉じ込めた。
「嫌な計算はすべて俺に任せろと言ったはずだ。お前がガルディニアのために動くのは、お前が『そうしたい』と思った時だけでいい。それ以外の時間は、ただ俺の腕の中で、世界一甘やかされた我が儘な姫でいろ」
「ゼオン様、そんな生き方、大人の理性として退廃的すぎます……」
「いいんだよ。お前を退廃的に甘やかすことこそが、俺の生涯を賭けた『国務』だからな」
お前の大人の理屈がどれほど正論だろうと、俺の愛の前ではすべて無意味だ。
俺の体温に絆され、次第に力を抜いて俺の胸に額を預けてくるエルサの温もりを感じながら、俺は彼女を二度と誰も届かない、世界で一番安全な「愛の揺り籠」の中へと深く、深く沈めていくのだった。