凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第三十一話:亡霊たちの御前(ゼオン・エルサ視点)
【ゼオン視点】玉座から見下ろす羽虫ども
ガルディニア王宮、厳粛なる大謁見の間。
高い天井から降り注ぐ光の中に、俺はガルディニアの王太子として、威風堂々と玉座に腰掛けていた。そしてそのすぐ傍らーー王太子妃と同等の位置に、最高級のドレスを纏ったエルサを座らせている。
「ベ、ベルトラン公爵家、ならびにルミナス公爵世子、御前にっ……!」
重々しい扉が開き、案内された三つの影が這うようにして入ってきた。
かつてエルサを道具として扱い、冷たい暗闇へと追いやった者たちーーベルトラン公爵、キリアン、そして妹のステラだ。
国境付近でカイルに徹底的に「大国の格」を見せつけられ、経済的に干上がった彼らの姿は、見る影もなく惨めだった。豪奢だったはずの衣服は旅の埃で薄汚れ、何よりその顔には、死刑台を待つ罪人のような絶望が張り付いている。
「が、ガルディニア王国、ゼオン王太子殿下……! この度は、我が不肖の身どもをお召しいただき、過分なる光栄にーー」
ガタガタと床に額を擦り付けんばかりに平伏するベルトラン公爵。
その横で、キリアンが顔を上げた瞬間、俺の隣に座るエルサの姿を見て、息を呑むのが分かった。
「エ……エルサ……? なぜ、お前がそんな場所に……」
「控えよ、無礼者」
俺が低く、地を這うような声で一言放つだけで、謁見の間全体の空気が凍りついた。左右に控える近衛騎士たちが一斉に剣の柄に手をかける。キリアンは恐怖に顔を白くさせ、慌てて再び床へ這いつくばった。
「貴様らがその汚い口で気安く呼んでいい名ではない。そこにいるお方は、我がガルディニアが総力を挙げて迎えた、至高の存在だ」
床にへばりつくゴミ屑どもを見下ろし、俺の胸の奥から冷酷な愉悦が湧き上がってくる。
さあ、思い知るがいい。お前たちが「無能の悪女」と罵って捨てた女性が、今やどれほど手の届かない高みにいるかを。
【エルサ視点】哀れみの境界線
「……」
私は、玉座の隣から、静かに彼らを見つめていた。
前世の二十五年、私を使い潰した上司や社会。今世の十数年、私を冷酷に搾取した家族と元婚約者。
かつての私にとって、彼らは私の世界を支配する絶対的な「理不尽」であり、恐怖の対象だった。彼らに捨てられないよう、完璧な大人として振る舞い、心を殺して擦り切れるまで働くことが、私のすべてだった。
なのにーー不思議なほど、何も感じない。
怒りも、憎しみも、復讐の快感すら湧いてこないのだ。
ただ、床に這いつくばって震えている彼らが、あまりにも小さく、哀れな存在にしか見えなかった。
「エルサ、お前……っ、お前が国務を放棄して逃げ出したせいで、我が領地は滅びかけているんだぞ! 頼むから戻ってくれ! お前さえ戻れば、私はお前を正妻として迎えてやってもーー」
恐怖のあまり正気を失ったのか、キリアンが狂ったように私に縋り付こうと言葉を叫ぶ。
だが、その言葉が私の耳に届く前に。
ドン、と激しい音が響き、ゼオン様が玉座から立ち上がっていた。その紺色の瞳には、大陸を統べる覇王の、容赦のない殺気が滾っている。
(ああ、そうか……)
私は、背後に立つゼオン様の、圧倒的なまでの「熱」を感じながら理解した。
私がもう彼らを恐れていないのは、私の心が強くなったからではない。この理不尽なまでに過保護な男が、私の過去も、恐怖も、すべての防壁ごと、その巨大な愛で包み込んで守ってくれているからだ。
「ゼオン様」
私はそっと、ゼオン様の衣の袖を引いた。
怒りに震える彼の視線が、私へと向けられる。私は彼を見つめ、今世で初めて、大人の計算ではない、心からの穏やかな微笑みを浮かべた。
「もう、結構です。私の『過去』は、今、完全に終わりましたから」