第二十九話:蜘蛛の糸、あるいは鉄槌(カイル・ゼオン視点)
【カイル視点】収穫の秋(とき)
「ーーこれで終わりですね。あまりにも、あっけない」
執務室のデスクで、私はベルトラン公爵領の最新の市場報告書を閉じ、冷淡に呟いた。
我がガルディニア王国が仕掛けた「穀物流通の完全停止」という兵糧攻めは、狙い通り、あの小国の息の根を完璧に止めた。エルサ様という、国家の『心臓』であり『頭脳』であった存在を失ったベルトラン公爵家は、複雑に絡み合う財政破綻の数式を解くこともできず、ただ狂ったように身内同士で責任を擦り付け合っているという。
『頼む、カイル殿! 陛下に、ゼオン殿下に執り成してくれ! エルサは元々、我が家の娘だ! どのような条件でも飲む、だから通商条約の再開を……っ!』
先日届いた、あの元婚約者・キリアンからの見苦しい泣き言の書状。
それを思い出すたび、私の唇には冷酷な嘲笑が浮かぶ。
彼らは、自分たちが奴隷のように扱っていた女性が、一国の覇王を狂わせ、大陸の勢力図すら塗り替える「至宝」であったことに、破滅の瀬戸際になってようやく気付いたのだ。だが、もう遅い。蜘蛛の糸を求めて縋り付こうとする彼らの手を、我が主君が容赦なく踏み潰す瞬間は、すぐそこに迫っていた。
【ゼオン視点】ゴミ屑どもの処刑宣告
「カイル。あちらの国から、正式に『謝罪と引き換えの援助要請』の使者が向かっているそうだな」
寝室から執務室へと戻った俺は、椅子に深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべた。
私の隣で、ようやく怯えずに眠ることを覚え始めたエルサ。その彼女を、かつて「暗い部屋に一人きり」にし、「使えない道具」と罵って叩いた奴らが、今更になって救いを求めてこちらの顔色を窺っている。
「はい、殿下。国境付近で我が国の騎士団に足止めを喰らわせています。どうなさいますか?」
カイルが眼鏡の奥の瞳を、蛇のように冷たく光らせる。
「決まっているだろう。使者ごと、その傲慢な鼻へし折って追い返せ。……いや、待て。公爵と、あの不実な元婚約者、そしてエルサを虐げたあの生意気な妹だったか? そいつらを、直接このガルディニアの謁見の間に引きずり出せ」
私はデスクの上のチェスの駒ーー『女王(クイーン)』を指先でそっと撫でた。
エルサは未だに、自分がどれほど価値のある存在か、そして、自分がどれほど深い愛に守られているかを、その賢すぎる大人の頭脳で疑い続けている。
ならば、見せつけてやればいい。お前を傷つけ、使い潰した過去の亡霊どもが、お前の足元で泥を舐め、許しを乞うて這いつくばるその無様な姿を。
「エルサを泣かせた対価だ。命よりも重い絶望を、あのゴミ屑どもに刻み込んでやる」
我が最愛の異邦人を縛るすべての呪縛を完全に断ち切るため、覇王の冷徹な鉄槌が、いま静かに振り上げられた。
【カイル視点】収穫の秋(とき)
「ーーこれで終わりですね。あまりにも、あっけない」
執務室のデスクで、私はベルトラン公爵領の最新の市場報告書を閉じ、冷淡に呟いた。
我がガルディニア王国が仕掛けた「穀物流通の完全停止」という兵糧攻めは、狙い通り、あの小国の息の根を完璧に止めた。エルサ様という、国家の『心臓』であり『頭脳』であった存在を失ったベルトラン公爵家は、複雑に絡み合う財政破綻の数式を解くこともできず、ただ狂ったように身内同士で責任を擦り付け合っているという。
『頼む、カイル殿! 陛下に、ゼオン殿下に執り成してくれ! エルサは元々、我が家の娘だ! どのような条件でも飲む、だから通商条約の再開を……っ!』
先日届いた、あの元婚約者・キリアンからの見苦しい泣き言の書状。
それを思い出すたび、私の唇には冷酷な嘲笑が浮かぶ。
彼らは、自分たちが奴隷のように扱っていた女性が、一国の覇王を狂わせ、大陸の勢力図すら塗り替える「至宝」であったことに、破滅の瀬戸際になってようやく気付いたのだ。だが、もう遅い。蜘蛛の糸を求めて縋り付こうとする彼らの手を、我が主君が容赦なく踏み潰す瞬間は、すぐそこに迫っていた。
【ゼオン視点】ゴミ屑どもの処刑宣告
「カイル。あちらの国から、正式に『謝罪と引き換えの援助要請』の使者が向かっているそうだな」
寝室から執務室へと戻った俺は、椅子に深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべた。
私の隣で、ようやく怯えずに眠ることを覚え始めたエルサ。その彼女を、かつて「暗い部屋に一人きり」にし、「使えない道具」と罵って叩いた奴らが、今更になって救いを求めてこちらの顔色を窺っている。
「はい、殿下。国境付近で我が国の騎士団に足止めを喰らわせています。どうなさいますか?」
カイルが眼鏡の奥の瞳を、蛇のように冷たく光らせる。
「決まっているだろう。使者ごと、その傲慢な鼻へし折って追い返せ。……いや、待て。公爵と、あの不実な元婚約者、そしてエルサを虐げたあの生意気な妹だったか? そいつらを、直接このガルディニアの謁見の間に引きずり出せ」
私はデスクの上のチェスの駒ーー『女王(クイーン)』を指先でそっと撫でた。
エルサは未だに、自分がどれほど価値のある存在か、そして、自分がどれほど深い愛に守られているかを、その賢すぎる大人の頭脳で疑い続けている。
ならば、見せつけてやればいい。お前を傷つけ、使い潰した過去の亡霊どもが、お前の足元で泥を舐め、許しを乞うて這いつくばるその無様な姿を。
「エルサを泣かせた対価だ。命よりも重い絶望を、あのゴミ屑どもに刻み込んでやる」
我が最愛の異邦人を縛るすべての呪縛を完全に断ち切るため、覇王の冷徹な鉄槌が、いま静かに振り上げられた。



