第二十八話:夜明けの計算違い(エルサ・ゼオン視点)
【エルサ視点】朝の光と不条理な体温
鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝の光で、私は目を覚ましました。
(……あたたかい……?)
いつもなら目覚めた瞬間に跳ね起き、その日のタスクと、自分が生き残るための生存戦略を脳内で構築するのが常だった。前世の過酷なオフィスでも、ベルトラン公爵家の冷たいベッドでも、朝は常に戦いの始まりだったから。
なのに、今、私の身体は驚くほど軽くて暖かく、そしてーー。
「……ゼオン、様……?」
すぐ目の前に、整った、けれど少し寝乱れた黒髪の男の顔があった。
ゼオン様は私の手を大きな両手で包み込んだまま、本当に幸せそうに眠っていらっしゃいます。驚いたことに、昨夜彼が宣言した通り、衣服の乱れも、不埒な行為の痕跡も一切ありません。ただ、一晩中、私の手を握り、悪夢から守るように寄り添ってくれていただけ。
(本当に……ただ、手を握って眠るだけなんて。そんな不条理な取引、私の知る経済学のどこにも載っていません……)
大人の理性は「何か裏がある」と必死に警戒を促すのに、私の胸の奥は、トーストに塗ったバターのように、じわりと甘く溶け始めていました。
【ゼオン視点】朝の獲物、不意の逃走
「……ん……。エルサ……?」
微かな気配に目を覚ますと、すぐ目の前で、エルサが琥珀色の瞳を丸くして俺を見つめていた。
朝の光を浴びた彼女の髪は輝くように美しく、熱に浮かされていたあの夜の痛々しさはもうどこにもない。俺が生きていることを確認するように彼女の手を少し強く握りしめると、彼女の白い頬が、ほんのりと林檎のように赤く染まった。
「お、おはようございます、ゼオン様。……もう、朝ですので、手を離していただけますか」
いつもの「完璧な大人の仮面」を被ろうと、必死に澄ました声を出すエルサ。
だが、その耳たぶが真っ赤になっているのを、俺が見逃すはずがなかった。
「嫌だ。まだ俺の『安心』という報酬が足りない。あと一刻(約二時間)はこのままだ」
「なっ……! 貴方は大国の王太子でしょう、そんな理不尽な国務の滞滞は許されません!」
「国務ならカイルが泣きながら処理するから問題ない。それよりエルサ、お前、今朝は悪夢を見なかったな?」
俺が意地悪く微笑みながら顔を近づけると、エルサはついに大人の理屈が通じないと悟ったのか、ふいっと顔を背けてしまった。だが、背けた首筋まで赤くなっている。
前世の二十五年、そして今世。彼女を縛り付けていた冷たい「ルール」の檻が、俺の寝所という、世界で一番甘くて理不尽な檻に、少しずつ書き換わっていく。
お前がその大人の頭脳でどれだけ計算しようが、俺の愛の前ではすべて計算違いに終わるのだ。
【エルサ視点】朝の光と不条理な体温
鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝の光で、私は目を覚ましました。
(……あたたかい……?)
いつもなら目覚めた瞬間に跳ね起き、その日のタスクと、自分が生き残るための生存戦略を脳内で構築するのが常だった。前世の過酷なオフィスでも、ベルトラン公爵家の冷たいベッドでも、朝は常に戦いの始まりだったから。
なのに、今、私の身体は驚くほど軽くて暖かく、そしてーー。
「……ゼオン、様……?」
すぐ目の前に、整った、けれど少し寝乱れた黒髪の男の顔があった。
ゼオン様は私の手を大きな両手で包み込んだまま、本当に幸せそうに眠っていらっしゃいます。驚いたことに、昨夜彼が宣言した通り、衣服の乱れも、不埒な行為の痕跡も一切ありません。ただ、一晩中、私の手を握り、悪夢から守るように寄り添ってくれていただけ。
(本当に……ただ、手を握って眠るだけなんて。そんな不条理な取引、私の知る経済学のどこにも載っていません……)
大人の理性は「何か裏がある」と必死に警戒を促すのに、私の胸の奥は、トーストに塗ったバターのように、じわりと甘く溶け始めていました。
【ゼオン視点】朝の獲物、不意の逃走
「……ん……。エルサ……?」
微かな気配に目を覚ますと、すぐ目の前で、エルサが琥珀色の瞳を丸くして俺を見つめていた。
朝の光を浴びた彼女の髪は輝くように美しく、熱に浮かされていたあの夜の痛々しさはもうどこにもない。俺が生きていることを確認するように彼女の手を少し強く握りしめると、彼女の白い頬が、ほんのりと林檎のように赤く染まった。
「お、おはようございます、ゼオン様。……もう、朝ですので、手を離していただけますか」
いつもの「完璧な大人の仮面」を被ろうと、必死に澄ました声を出すエルサ。
だが、その耳たぶが真っ赤になっているのを、俺が見逃すはずがなかった。
「嫌だ。まだ俺の『安心』という報酬が足りない。あと一刻(約二時間)はこのままだ」
「なっ……! 貴方は大国の王太子でしょう、そんな理不尽な国務の滞滞は許されません!」
「国務ならカイルが泣きながら処理するから問題ない。それよりエルサ、お前、今朝は悪夢を見なかったな?」
俺が意地悪く微笑みながら顔を近づけると、エルサはついに大人の理屈が通じないと悟ったのか、ふいっと顔を背けてしまった。だが、背けた首筋まで赤くなっている。
前世の二十五年、そして今世。彼女を縛り付けていた冷たい「ルール」の檻が、俺の寝所という、世界で一番甘くて理不尽な檻に、少しずつ書き換わっていく。
お前がその大人の頭脳でどれだけ計算しようが、俺の愛の前ではすべて計算違いに終わるのだ。



