第二十三話:初めての「対等」(エルサ・カイル視点)
【エルサ視点】奇妙な取引の味
「昼食を一緒に、ですか。それが私の支払う『対価』だと……?」
ゼオン様の突飛な要求に、私の大人の頭脳は一瞬、その計算式の意味を理解できずに停止した。
前世の二十五年、そしてベルトラン公爵家での日々において、「対価」とは常に血の滲むような労働や、自らの尊厳を切り売りした成果物のことだった。食事を共にするだけで相殺される負債など、私の知る生存戦略のどこを探しても見当たらない。
「そうだ。俺はお前と食べる食事が何よりも美味いと感じる。だから、お前が俺の食事に付き合うことは、俺にとって極上の利益だ。完璧な利害の一致だろう?」
大真面目な顔で、さも高尚な国家戦略でも語るかのように言い切るゼオン様に、私はついに、小さくため息をつくしかなかった。
(本当に、この方には敵いませんね……)
運ばれてきたのは、クロエが腕によりをかけたハチミツレモンケーキと、湯気を立てる紅茶だった。
ゼオン様は私の正面に腰掛け、私がフォークを口に運ぶのを、まるで宝物の成長を見守るかのような熱い瞳で見つめてくる。
レモンの爽やかな酸味と、ハチミツの濃厚な甘みが、私の舌の上で優しくほどけていく。
「……美味しい、です」
ぽつりと言葉にすると、ゼオン様はそれだけで、世界を手に入れたかのような眩しい笑顔を浮かべた。
対価を払わなければ捨てられる、という恐怖。それが、彼の無茶苦茶で優しい包囲網によって、心地よい「甘やかされ」へと、少しずつ、けれど確実に書き換えられていくのを感じていた。
【カイル視点】変化の兆し
バルコニーから少し離れた回廊の陰で、私はその微笑ましい、しかし我が国の未来を大きく変えるであろう光景を冷徹に見つめていた。
かつてエルサ様がまとっていた、触れる者すべてを凍えさせるような「完璧な大人の防壁」は、今や見る影もない。いや、防壁がなくなったのではない。殿下の底なしの熱量によって、防壁の必要性そのものが、彼女の内側から消え失せつつあるのだ。
「カイル様、エルサ様、あんなに綺麗なお顔で微笑んでいらっしゃるわ……」
隣でトレイを抱えたニーナが、今にも嬉し涙を流しそうに目を輝かせている。
「そうだな。だが、浮かれてばかりもいられない。彼女の心が安定してきた今こそ、我が国はあちらの国への『仕上げ』にかかる」
私は手元の書類に目を落とした。
我が国の経済制裁により、ベルトラン公爵家、そしてあの不実な元婚約者の領地は、今や破滅の一歩手前まで追い込まれている。彼らがエルサ様という「至宝」を失った代償は、これからさらに苛烈なものとなるだろう。
エルサ様がここを自身の「居場所」だと完全に認めた時、ガルディニアは彼女という世界最高の頭脳と共に、さらなる繁栄の時代へと突き進む。私は眼鏡の位置を直し、主君とその最愛の異邦人の背中に、静かに一礼してその場を離れた。
【エルサ視点】奇妙な取引の味
「昼食を一緒に、ですか。それが私の支払う『対価』だと……?」
ゼオン様の突飛な要求に、私の大人の頭脳は一瞬、その計算式の意味を理解できずに停止した。
前世の二十五年、そしてベルトラン公爵家での日々において、「対価」とは常に血の滲むような労働や、自らの尊厳を切り売りした成果物のことだった。食事を共にするだけで相殺される負債など、私の知る生存戦略のどこを探しても見当たらない。
「そうだ。俺はお前と食べる食事が何よりも美味いと感じる。だから、お前が俺の食事に付き合うことは、俺にとって極上の利益だ。完璧な利害の一致だろう?」
大真面目な顔で、さも高尚な国家戦略でも語るかのように言い切るゼオン様に、私はついに、小さくため息をつくしかなかった。
(本当に、この方には敵いませんね……)
運ばれてきたのは、クロエが腕によりをかけたハチミツレモンケーキと、湯気を立てる紅茶だった。
ゼオン様は私の正面に腰掛け、私がフォークを口に運ぶのを、まるで宝物の成長を見守るかのような熱い瞳で見つめてくる。
レモンの爽やかな酸味と、ハチミツの濃厚な甘みが、私の舌の上で優しくほどけていく。
「……美味しい、です」
ぽつりと言葉にすると、ゼオン様はそれだけで、世界を手に入れたかのような眩しい笑顔を浮かべた。
対価を払わなければ捨てられる、という恐怖。それが、彼の無茶苦茶で優しい包囲網によって、心地よい「甘やかされ」へと、少しずつ、けれど確実に書き換えられていくのを感じていた。
【カイル視点】変化の兆し
バルコニーから少し離れた回廊の陰で、私はその微笑ましい、しかし我が国の未来を大きく変えるであろう光景を冷徹に見つめていた。
かつてエルサ様がまとっていた、触れる者すべてを凍えさせるような「完璧な大人の防壁」は、今や見る影もない。いや、防壁がなくなったのではない。殿下の底なしの熱量によって、防壁の必要性そのものが、彼女の内側から消え失せつつあるのだ。
「カイル様、エルサ様、あんなに綺麗なお顔で微笑んでいらっしゃるわ……」
隣でトレイを抱えたニーナが、今にも嬉し涙を流しそうに目を輝かせている。
「そうだな。だが、浮かれてばかりもいられない。彼女の心が安定してきた今こそ、我が国はあちらの国への『仕上げ』にかかる」
私は手元の書類に目を落とした。
我が国の経済制裁により、ベルトラン公爵家、そしてあの不実な元婚約者の領地は、今や破滅の一歩手前まで追い込まれている。彼らがエルサ様という「至宝」を失った代償は、これからさらに苛烈なものとなるだろう。
エルサ様がここを自身の「居場所」だと完全に認めた時、ガルディニアは彼女という世界最高の頭脳と共に、さらなる繁栄の時代へと突き進む。私は眼鏡の位置を直し、主君とその最愛の異邦人の背中に、静かに一礼してその場を離れた。



