第二十二話:覇王の帰還と甘やかな包囲(ゼオン・エルサ視点)
【ゼオン視点】ただいまを、お前に
「ーー殿下、あまりに馬を飛ばしすぎです! 追いつけません!」
背後で護衛の騎士たちが悲鳴を上げているが、俺は手綱を緩めるつもりなど毛頭なかった。
あちらの国への『最初の警告(経済制裁)』の手配と、国境付近の視察を最速で終わらせ、俺は這う這うの体で王宮へと戻ってきた。エルサが目覚めてから、片時もその傍を離れたくなかったというのに、数日とはいえ彼女を一人にしてしまった焦燥感が、俺の胸を狂おしく急き立てていた。
王宮へ到着するなり、馬を従者に渡し、俺は彼女の部屋へと大股で歩を進める。
「エルサ……!」
扉を開けると、バルコニーの椅子に腰掛け、ガルディニアの柔らかな陽光を浴びている彼女の姿があった。
まだ少し顔色は白いが、あの凍死しそうだった瞳には、確かな生の光が宿っている。その姿を見た瞬間、俺の胸の奥から、せり上がるような愛おしさが溢れ出した。
「ゼオン、様……? 随分と、お早いお帰りで……」
驚いたように琥珀色の瞳を見開くエルサのもとへ、俺は一歩で距離を詰め、その場に膝をついて彼女の細い腰を抱きしめた。
「ああ、お前に会いたくて死に物狂いで戻ってきた。……寂しくはなかったか? どこか、痛むところはないか?」
大人の分別も、王太子としての威厳も、この女の前では何の意味も持たない。ただ、お前がここにいて、俺の手の届く場所で息をしている。その事実だけで、俺の魂は満たされていくのだ。
【エルサ視点】劇薬の日常
「……ゼオン様、息が苦しいです」
呆れたような、けれど以前のような冷徹さとは違う、かすかに困惑の混じった声が私の唇から漏れた。
ゼオン様は、旅の埃も払わずに私の膝に頭を預け、まるで大型の猟犬のように甘えてくる。そのあまりの熱量と、彼から漂う野生の香りに、私の心臓がまた、不規則な不協和音を奏で始めた。
(本当に……この方は、加減というものを知らないのですね)
前世の私なら、主君がこれほど無防備に甘えてくれば、即座に『裏の意図』を疑い、次の要求に備えて身構えていただろう。
だが、今の私は、彼の黒髪にそっと触れてみたいという、大人の理性では説明のつかない奇妙な衝動に駆られていた。
「エルサ。あちらの国には、お前を道具として扱った対価を、きっちりと支払わせる手配をしてきた。お前はもう、何も心配しなくていい」
ゼオン様が私の手をとり、その手の甲に深く、熱い口づけを落とす。
「対価、ですか。……私は、何もお返しできませんよ」
私が自嘲気味に呟くと、彼は私の目を真っ直ぐに見つめ、いたずらっぽく笑った。
「お返しなどいらん。どうしてもと言うなら……そうだな、今日、俺と一緒に昼食を食べてくれ。それがお前の支払う『対価』だ」
あまりにも不条理で、あまりにも優しい、彼だけの取引。
私の胸の奥に深く突き刺さっていた二十五年の氷の楔が、彼の無茶苦茶な論理の前に、またひとつ、音を立てて溶けていくのが分かった。
【ゼオン視点】ただいまを、お前に
「ーー殿下、あまりに馬を飛ばしすぎです! 追いつけません!」
背後で護衛の騎士たちが悲鳴を上げているが、俺は手綱を緩めるつもりなど毛頭なかった。
あちらの国への『最初の警告(経済制裁)』の手配と、国境付近の視察を最速で終わらせ、俺は這う這うの体で王宮へと戻ってきた。エルサが目覚めてから、片時もその傍を離れたくなかったというのに、数日とはいえ彼女を一人にしてしまった焦燥感が、俺の胸を狂おしく急き立てていた。
王宮へ到着するなり、馬を従者に渡し、俺は彼女の部屋へと大股で歩を進める。
「エルサ……!」
扉を開けると、バルコニーの椅子に腰掛け、ガルディニアの柔らかな陽光を浴びている彼女の姿があった。
まだ少し顔色は白いが、あの凍死しそうだった瞳には、確かな生の光が宿っている。その姿を見た瞬間、俺の胸の奥から、せり上がるような愛おしさが溢れ出した。
「ゼオン、様……? 随分と、お早いお帰りで……」
驚いたように琥珀色の瞳を見開くエルサのもとへ、俺は一歩で距離を詰め、その場に膝をついて彼女の細い腰を抱きしめた。
「ああ、お前に会いたくて死に物狂いで戻ってきた。……寂しくはなかったか? どこか、痛むところはないか?」
大人の分別も、王太子としての威厳も、この女の前では何の意味も持たない。ただ、お前がここにいて、俺の手の届く場所で息をしている。その事実だけで、俺の魂は満たされていくのだ。
【エルサ視点】劇薬の日常
「……ゼオン様、息が苦しいです」
呆れたような、けれど以前のような冷徹さとは違う、かすかに困惑の混じった声が私の唇から漏れた。
ゼオン様は、旅の埃も払わずに私の膝に頭を預け、まるで大型の猟犬のように甘えてくる。そのあまりの熱量と、彼から漂う野生の香りに、私の心臓がまた、不規則な不協和音を奏で始めた。
(本当に……この方は、加減というものを知らないのですね)
前世の私なら、主君がこれほど無防備に甘えてくれば、即座に『裏の意図』を疑い、次の要求に備えて身構えていただろう。
だが、今の私は、彼の黒髪にそっと触れてみたいという、大人の理性では説明のつかない奇妙な衝動に駆られていた。
「エルサ。あちらの国には、お前を道具として扱った対価を、きっちりと支払わせる手配をしてきた。お前はもう、何も心配しなくていい」
ゼオン様が私の手をとり、その手の甲に深く、熱い口づけを落とす。
「対価、ですか。……私は、何もお返しできませんよ」
私が自嘲気味に呟くと、彼は私の目を真っ直ぐに見つめ、いたずらっぽく笑った。
「お返しなどいらん。どうしてもと言うなら……そうだな、今日、俺と一緒に昼食を食べてくれ。それがお前の支払う『対価』だ」
あまりにも不条理で、あまりにも優しい、彼だけの取引。
私の胸の奥に深く突き刺さっていた二十五年の氷の楔が、彼の無茶苦茶な論理の前に、またひとつ、音を立てて溶けていくのが分かった。



