第二十一話:雪解けの庭(エルサ・侍女視点)
【エルサ視点】檻の外の陽光
数日後、私はようやくベッドを離れ、寝室に併設されたプライベートなバルコニーへと出ることが許された。
ガルディニアの柔らかな太陽の光が、まだ少しおぼつかない私の身体を優しく包み込んでいく。
(まだ……生きている)
前世の二十五年、そして今世のこれまで。限界を迎えて倒れた私を待っていたのは、いつだって冷酷な現実だけだった。病院の硬いベッドで一人、点滴の費用を計算しながらすぐに仕事に戻ったあの日々。公爵家の冷たい地下室で、熱に浮かされながらも翌朝の国務書類の山を気にしていた日々。
なのに、この国で目を覚ました私を待っていたのは、叱責でも、新たな労働の要求でもなかった。
ただ、「生きていてくれてよかった」という、理不尽なほどの安堵の涙だけ。
「エルサ様、お風邪を召しては大変です。こちらをお羽織りください」
マルタがそっと、私の肩に上質なカシミアのショールをかけた。
かつての私なら、その手の温もりにすら『この対価はいくらだろう』と身構えていたはずなのに、今の私は、ただ静かにその心地よさに目を細めている。
私の強固だった大人の理性は、ゼオン様のあの泥臭い涙によって、確かに致命的なひび割れを起こしていた。まだ、無条件の愛を完全に信じられたわけではない。けれど、この温かさに身を委ねることを、私の肉体が拒絶しなくなっているのは確かだった。
【侍女(ニーナ・クロエ)視点】小さな一歩
「クロエ、見て! エルサ様が、ショールを拒まずに受け入れてくださったわ!」
バルコニーへ続く扉の陰から、ニーナは弾むような声で、トレイを持つクロエに囁きました。
あの高熱の夜から、エルサ様は驚くほど穏やかなお顔をされるようになりました。もちろん、元々が大人のように落ち着いたお方ですから、急に大笑いしたりはなさいません。ですが、私たちが差し出すスープを、ハーブティーを、そして毛布を、申し訳なさそうにではなく、ごく自然に受け止めてくださるようになったのです。
「本当ね……。あんなに頑なだった氷が、少しずつ溶けていくみたい。よし、今日のオヤツはエルサ様が少しでも笑顔になってくれるように、特製のハチミツレモンケーキを焼き上げるわ!」
クロエは嬉しそうに拳を握りしめ、厨房へと走っていきました。
エルサ様を苦しめてきた四十年近くの過去の呪縛。それが、殿下の命がけの熱と、私たちのささやかな誠実さによって、いま少しずつ、本当に少しずつ、優しい雪解けの時間を迎えているようでした。
【エルサ視点】檻の外の陽光
数日後、私はようやくベッドを離れ、寝室に併設されたプライベートなバルコニーへと出ることが許された。
ガルディニアの柔らかな太陽の光が、まだ少しおぼつかない私の身体を優しく包み込んでいく。
(まだ……生きている)
前世の二十五年、そして今世のこれまで。限界を迎えて倒れた私を待っていたのは、いつだって冷酷な現実だけだった。病院の硬いベッドで一人、点滴の費用を計算しながらすぐに仕事に戻ったあの日々。公爵家の冷たい地下室で、熱に浮かされながらも翌朝の国務書類の山を気にしていた日々。
なのに、この国で目を覚ました私を待っていたのは、叱責でも、新たな労働の要求でもなかった。
ただ、「生きていてくれてよかった」という、理不尽なほどの安堵の涙だけ。
「エルサ様、お風邪を召しては大変です。こちらをお羽織りください」
マルタがそっと、私の肩に上質なカシミアのショールをかけた。
かつての私なら、その手の温もりにすら『この対価はいくらだろう』と身構えていたはずなのに、今の私は、ただ静かにその心地よさに目を細めている。
私の強固だった大人の理性は、ゼオン様のあの泥臭い涙によって、確かに致命的なひび割れを起こしていた。まだ、無条件の愛を完全に信じられたわけではない。けれど、この温かさに身を委ねることを、私の肉体が拒絶しなくなっているのは確かだった。
【侍女(ニーナ・クロエ)視点】小さな一歩
「クロエ、見て! エルサ様が、ショールを拒まずに受け入れてくださったわ!」
バルコニーへ続く扉の陰から、ニーナは弾むような声で、トレイを持つクロエに囁きました。
あの高熱の夜から、エルサ様は驚くほど穏やかなお顔をされるようになりました。もちろん、元々が大人のように落ち着いたお方ですから、急に大笑いしたりはなさいません。ですが、私たちが差し出すスープを、ハーブティーを、そして毛布を、申し訳なさそうにではなく、ごく自然に受け止めてくださるようになったのです。
「本当ね……。あんなに頑なだった氷が、少しずつ溶けていくみたい。よし、今日のオヤツはエルサ様が少しでも笑顔になってくれるように、特製のハチミツレモンケーキを焼き上げるわ!」
クロエは嬉しそうに拳を握りしめ、厨房へと走っていきました。
エルサ様を苦しめてきた四十年近くの過去の呪縛。それが、殿下の命がけの熱と、私たちのささやかな誠実さによって、いま少しずつ、本当に少しずつ、優しい雪解けの時間を迎えているようでした。



