第二十話:至宝の価値(ゼオン・カイル視点)
【ゼオン視点】奪う者、守る者
「ーーこれが、あいつを擦り切れるまで使い倒した結果か」
エルサが眠る寝室の隣、私の臨時の執務室に、カイルが持参した「ベルトラン公爵家からの追加の書状」が置かれていた。
そこには、エルサが不在となったことで完全に機能停止に陥ったあちらの国務の惨状と、それを覆い隠すための、いっそ哀れなほどの脅迫めいた言葉が並んでいる。
『エルサ・ベルトランは、我が国の最高機密を握る犯罪者である。直ちに引き渡さねば、ガルディニアとの通商条約をすべて破棄する』
「通商条約の破棄、か。大きく出たものだな」
私は冷笑を浮かべ、その書状を指先で弾いた。
彼らは何も分かっていない。エルサという存在が、どれほど凄まじい価値を持つ頭脳であり、同時に、どれほど繊細で、壊れやすい硝子の魂を持っているかを。
前世の二十五年、そして今世。彼女にすべての重荷を背負わせ、何一つ対価を与えなかった無能どもが、今更その「至宝」を求めて泣き叫んでいる。
「カイル。通商条約など、こちらから破棄してやれ。我がガルディニアの経済力と軍事力があれば、あのような小国、数ヶ月もあれば干上がらせることができる」
「殿下、それは少々、感情が過ぎます。……ですが、一介の文官として言わせていただければ、あのエルサ様の計算能力と統治の才を敵国に返すなど、我が国にとっても最大の損失。力ずくで奪い取る方針には、全面的に賛同いたします」
カイルが眼鏡の奥の瞳を冷酷に光らせる。
「ああ。あいつらはエルサを『便利な道具』としてしか見ていなかった。だが、俺は違う。あいつがその知性を我が国のために使おうが、あるいはただベッドの上で眠り続けようが、俺にとっての価値は何も変わらない」
私は立ち上がり、再びエルサの待つ寝室へと歩みを進める。
彼女を傷つけたすべての過去を、私はガルディニアの国力すべてを以て、徹底的に叩き潰す。
【カイル視点】冷徹なる算盤
殿下が寝室へと戻られた後、私は一人、残された書状を冷ややかに見つめていた。
殿下は「愛」という情熱で動いていらっしゃるが、私という男は、どこまでも現実的な利益を計算する人間だ。
だからこそ、私はエルサ様が倒れられる前に見せた、あの圧倒的な統計学の数式を忘れることができない。
(あのお方は、ガルディニアの未来を、百年単位で進めることができる『頭脳』だ)
そんな存在を、虐待し、悪女と罵って追い出したベルトラン公爵家とルミナス公爵世子。彼らの無知と無能には、呆れを通り越して同情すら覚える。彼らは、自国の最大の盾であり矛であった女性を、自らの手で我が国へと献上したのだ。
「さて……まずは、あちらの市場の穀物流通を止めましょうか」
私は羽ペンをとり、冷徹に、かつ迅速に、あの国を経済的に窒息させるための計画書を書き進めていく。
これは、エルサ様を「道具」として扱うための策略ではない。
我がガルディニアが、新しい主(あるじ)となる彼女のために捧げる、最初の『復讐』であり、彼女の価値に対する、我々なりの誠実な『対価』の支払い方であった。
【ゼオン視点】奪う者、守る者
「ーーこれが、あいつを擦り切れるまで使い倒した結果か」
エルサが眠る寝室の隣、私の臨時の執務室に、カイルが持参した「ベルトラン公爵家からの追加の書状」が置かれていた。
そこには、エルサが不在となったことで完全に機能停止に陥ったあちらの国務の惨状と、それを覆い隠すための、いっそ哀れなほどの脅迫めいた言葉が並んでいる。
『エルサ・ベルトランは、我が国の最高機密を握る犯罪者である。直ちに引き渡さねば、ガルディニアとの通商条約をすべて破棄する』
「通商条約の破棄、か。大きく出たものだな」
私は冷笑を浮かべ、その書状を指先で弾いた。
彼らは何も分かっていない。エルサという存在が、どれほど凄まじい価値を持つ頭脳であり、同時に、どれほど繊細で、壊れやすい硝子の魂を持っているかを。
前世の二十五年、そして今世。彼女にすべての重荷を背負わせ、何一つ対価を与えなかった無能どもが、今更その「至宝」を求めて泣き叫んでいる。
「カイル。通商条約など、こちらから破棄してやれ。我がガルディニアの経済力と軍事力があれば、あのような小国、数ヶ月もあれば干上がらせることができる」
「殿下、それは少々、感情が過ぎます。……ですが、一介の文官として言わせていただければ、あのエルサ様の計算能力と統治の才を敵国に返すなど、我が国にとっても最大の損失。力ずくで奪い取る方針には、全面的に賛同いたします」
カイルが眼鏡の奥の瞳を冷酷に光らせる。
「ああ。あいつらはエルサを『便利な道具』としてしか見ていなかった。だが、俺は違う。あいつがその知性を我が国のために使おうが、あるいはただベッドの上で眠り続けようが、俺にとっての価値は何も変わらない」
私は立ち上がり、再びエルサの待つ寝室へと歩みを進める。
彼女を傷つけたすべての過去を、私はガルディニアの国力すべてを以て、徹底的に叩き潰す。
【カイル視点】冷徹なる算盤
殿下が寝室へと戻られた後、私は一人、残された書状を冷ややかに見つめていた。
殿下は「愛」という情熱で動いていらっしゃるが、私という男は、どこまでも現実的な利益を計算する人間だ。
だからこそ、私はエルサ様が倒れられる前に見せた、あの圧倒的な統計学の数式を忘れることができない。
(あのお方は、ガルディニアの未来を、百年単位で進めることができる『頭脳』だ)
そんな存在を、虐待し、悪女と罵って追い出したベルトラン公爵家とルミナス公爵世子。彼らの無知と無能には、呆れを通り越して同情すら覚える。彼らは、自国の最大の盾であり矛であった女性を、自らの手で我が国へと献上したのだ。
「さて……まずは、あちらの市場の穀物流通を止めましょうか」
私は羽ペンをとり、冷徹に、かつ迅速に、あの国を経済的に窒息させるための計画書を書き進めていく。
これは、エルサ様を「道具」として扱うための策略ではない。
我がガルディニアが、新しい主(あるじ)となる彼女のために捧げる、最初の『復讐』であり、彼女の価値に対する、我々なりの誠実な『対価』の支払い方であった。



