第十八話:夜明けの残光(ゼオン・エルサ視点)
【ゼオン視点】氷河が動いた朝
「……っ、エルサ!」
彼女の胸の奥で、小さく、けれど確かな生命の鼓動が爆ぜた。
次の瞬間、診断魔術の魔方陣が、それまでの絶望的な漆黒から、かすかな生命の緑色へと色を変えていく。大陸最高峰の医師たちが一斉に息を呑み、驚愕の声を上げた。
「お、動き、ました……! エルサ様の魂が、外からの魔力を受け入れ始めております!」
「解熱の薬湯を早く! 今ならお身体が薬を拒絶しません!」
部屋が一気に慌ただしくなる。だが、俺はエルサの手を握ったまま、その場から一歩も動けなかった。
限界まで張り詰めていた俺の身体から、一気に力が抜けていく。彼女の手はまだ熱く、呼吸も荒い。けれど、あの「どこか遠くへ行ってしまいそうだった冷たさ」は、確かに消え失せていた。
俺の流した涙が、彼女の拒絶の防壁を穿ち、その奥にある本質へと届いたのだ。
「……よく戻ってきた、エルサ」
俺は彼女の指先に何度も深く口づけを落とした。
例え目覚めた彼女が、また大人びた冷徹な仮面を被って俺を拒絶しようとも、もう構わない。生きて、俺の目の前にいてくれるなら、俺はその仮面ごと、一生を賭けて何度でも愛し、甘やかし、溶かしてやる。
【エルサ視点】不協和音の終わり、あるいは始まり
どれほどの時間が流れたのだろう。
どこまでも冷たく、孤独だった雨の路地裏の景色が、少しずつ、柔らかな白い光の中に溶けて消えていく。
(……温かい。本当に、うっとうしいくらいに)
前世の二十五年。そして今世のこれまで。
私は一度たりとも、誰かのために生きたいと願ったことはなかった。役に立つから生きることを許され、役に立たなくなれば捨てられる。それが世界の絶対的な真理だった。
なのに、暗闇の底にまで届いたあの男の、血を吐くような叫びが。
私の手の甲を濡らした、あの胸が痛くなるほどに熱い涙が。
私の魂に「生きて、ここにいてもいいのだ」と、理不尽なまでの生存許可を与えてしまった。
「う……ん……」
重い、重い瞼をゆっくりと押し上げる。
視界に飛び込んできたのは、見慣れたガルディニアの王宮の天井。そしてーー。
「エルサ……っ!」
目の前には、夜の闇を溶かしたような黒髪を振り乱し、紺色の瞳を血走らせて私を見つめる、ゼオン様の姿があった。その整った顔は、驚くほど疲れ果て、涙の痕で汚れている。一国の最高権力者でありながら、あまりにも情けない、けれど愛おしい、泥臭い男の顔だった。
「……ゼオン、様……」
私の口から漏れたのは、かすれた、酷く不格好な大人の声。
けれど、その瞬間に見せたゼオン様の、まるで世界中のすべての救いを得たかのような幸福な笑顔を見て、私の胸の奥が、今度こそ完全に、音を立てて融解した。
【ゼオン視点】氷河が動いた朝
「……っ、エルサ!」
彼女の胸の奥で、小さく、けれど確かな生命の鼓動が爆ぜた。
次の瞬間、診断魔術の魔方陣が、それまでの絶望的な漆黒から、かすかな生命の緑色へと色を変えていく。大陸最高峰の医師たちが一斉に息を呑み、驚愕の声を上げた。
「お、動き、ました……! エルサ様の魂が、外からの魔力を受け入れ始めております!」
「解熱の薬湯を早く! 今ならお身体が薬を拒絶しません!」
部屋が一気に慌ただしくなる。だが、俺はエルサの手を握ったまま、その場から一歩も動けなかった。
限界まで張り詰めていた俺の身体から、一気に力が抜けていく。彼女の手はまだ熱く、呼吸も荒い。けれど、あの「どこか遠くへ行ってしまいそうだった冷たさ」は、確かに消え失せていた。
俺の流した涙が、彼女の拒絶の防壁を穿ち、その奥にある本質へと届いたのだ。
「……よく戻ってきた、エルサ」
俺は彼女の指先に何度も深く口づけを落とした。
例え目覚めた彼女が、また大人びた冷徹な仮面を被って俺を拒絶しようとも、もう構わない。生きて、俺の目の前にいてくれるなら、俺はその仮面ごと、一生を賭けて何度でも愛し、甘やかし、溶かしてやる。
【エルサ視点】不協和音の終わり、あるいは始まり
どれほどの時間が流れたのだろう。
どこまでも冷たく、孤独だった雨の路地裏の景色が、少しずつ、柔らかな白い光の中に溶けて消えていく。
(……温かい。本当に、うっとうしいくらいに)
前世の二十五年。そして今世のこれまで。
私は一度たりとも、誰かのために生きたいと願ったことはなかった。役に立つから生きることを許され、役に立たなくなれば捨てられる。それが世界の絶対的な真理だった。
なのに、暗闇の底にまで届いたあの男の、血を吐くような叫びが。
私の手の甲を濡らした、あの胸が痛くなるほどに熱い涙が。
私の魂に「生きて、ここにいてもいいのだ」と、理不尽なまでの生存許可を与えてしまった。
「う……ん……」
重い、重い瞼をゆっくりと押し上げる。
視界に飛び込んできたのは、見慣れたガルディニアの王宮の天井。そしてーー。
「エルサ……っ!」
目の前には、夜の闇を溶かしたような黒髪を振り乱し、紺色の瞳を血走らせて私を見つめる、ゼオン様の姿があった。その整った顔は、驚くほど疲れ果て、涙の痕で汚れている。一国の最高権力者でありながら、あまりにも情けない、けれど愛おしい、泥臭い男の顔だった。
「……ゼオン、様……」
私の口から漏れたのは、かすれた、酷く不格好な大人の声。
けれど、その瞬間に見せたゼオン様の、まるで世界中のすべての救いを得たかのような幸福な笑顔を見て、私の胸の奥が、今度こそ完全に、音を立てて融解した。



