凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第十七話:暗闇の底で(エルサ・ゼオン視点)
【エルサ視点】どこまでも冷たい雨の中で
深い、深い闇の底。
私は一人、あの懐かしくも忌まわしい、前世の冷たい雨の路地裏に座り込んでいた。
身体の感覚はとうに失われ、指先一つ動かすこともできない。
二十五年。私がどれほど喉を枯らして助けを求めても、誰も振り返らなかった。大人になるということは、その冷酷な現実に折り合いをつけ、ただ「役に立つ駒」として磨り減っていくことだと知っていた。今世でも、私は同じように使い潰され、そして捨てられたはずだった。
(なのに……どうして、こんなに熱いの?)
暗闇の向こうから、ルールを無視して、理不尽なまでの「熱」が押し寄せてくる。
私の城壁を溶かし、私の絶望を焼き尽くそうとする、あの乱暴で、狂おしいほどに過保護な熱。
『お前が何も生み出さずとも、その存在を捨てることは絶対にない』
ゼオン様の声が、闇の奥底まで響いてくる。
信じてはいけない。目を覚ませば、そこにはまた裏切りが待っている。
そうやって私の「大人の理性」が必死に警鐘を鳴らすのに、彼の熱は、私の凍りついた手をどこまでも強く、決して離さずに握りしめ続けていた。
(……もう、疲れてしまったの。これ以上、私を引っ張らないで……)
拒絶するかのように、私は闇の奥へとさらに沈もうとした。
だが、その時。私の手の甲に、ぽつりと、信じられないほど熱い「雫」が落ちた。
それは、私のために流された、彼の涙だった。
【ゼオン視点】繋ぎ止める心音
「ーー心音が、弱まっております! 殿下、もうお離れください! これ以上はエルサ様の魂がーー」
「うるさいッ!!」
宮廷医官長が悲痛な声を上げるが、俺はエルサの身体を、その細い肩を、狂ったように抱きしめ続けた。
診断魔術の光が、彼女の命の灯火が今にも消えかかっていることを示している。
彼女の魂は、生きるための「気力」を完全に手放し、前世の絶望の底へと引きこもろうとしていた。これほどまでに俺が熱を注いでも、彼女の氷はそれを「偽物の温もり」だと拒絶し続けている。
「エルサ……っ、頼む、頼むから俺を置いていくな……!」
俺の目から、堰を切ったように熱い涙が溢れ、彼女の青白い頬を濡らした。
一国の王太子として、すべてを手に入れてきたはずだった。
だが、今、俺の手の中にあるのは、今にも消えてしまいそうな一縷の命だけだ。もしお前がこのまま死ぬというのなら、俺はお前の魂を追いかけて、喜んで地獄の底まで同行してやる。
俺は彼女の耳元に唇を寄せ、心臓の奥底から、魂のすべてを絞り出すように叫んだ。
「お前を苦しめた二十五年がどれほど深かろうが、俺はお前を諦めない! 道具でも、悪女でもない、ただの『エルサ』という女を、俺は一生を賭けて愛し抜くと決めたんだ! 目を開けろ、エルサ……っ!!」
ドクン。
その瞬間、俺の胸に押し当てられていたエルサの小さな心臓が、微かに、けれど確かに、強く一度だけ脈打った。