第十六話:集いし権威、動かぬ氷河(カイル・ゼオン視点)
【カイル視点】総力を挙げた焦燥
「ーーこれ以上の遅参は反逆とみなす! 直ちにエルサ様の寝室へお通ししろ!」
王宮の回廊に、私の怒号が響き渡る。
エルサ様が倒れられてから数日。熱は下がるどころか、彼女の細い肉体を限界まで削り続けていた。事態を重く見た私は、殿下の命を受け、ガルディニア王国が誇る最高峰の宮廷医官長をはじめ、大陸全土から名だたる名医、果ては高名な治癒魔術師たちを、手段を選ばず王宮へと強制的に集結させた。
「カイル殿、これは一体……。身体的な不調であれば我が最高位の解熱薬で一晩もあれば落とせるはず。ですが、このお方は……」
「原因が分からないとでも言うつもりか、医師長」
私の鋭い一瞥に、老医師は額の汗を拭った。
寝室のベッドに横たわるエルサ様は、今や呼吸をするのもやっとというほどに衰弱していらっしゃる。集まった医師たちが次々と診察し、高度な診断魔術を展開するが、返ってくるのは一様に一歩退いた絶望の顔ばかりだった。
「お身体に、明確な病変や毒の痕跡はございません。これは……肉体が、生きるための『気力』そのものを拒絶している状態です。魂の根底にある深い絶望が、外からのあらゆる治癒の手を『異物』として弾いてしまっている。これでは、どんな名薬も毒となり果てます」
「心が、生きることを拒んでいる、と……?」
私は絶句した。二十五年、そして今世。彼女を縛る絶望の深さは、大陸最高の医療技術をしても、触れることすら叶わないほどに強固な氷城なのだ。
【ゼオン視点】覇王の無力、奈落の誓い
「治せないだと? 大陸随一の医者が集まって、ただ一人の女も救えないのか!」
集まった医師たちを怒鳴り散らすが、彼らはただ恐怖に震え、床に額を擦りつけることしかできない。
その無能さに怒り狂いながらも、俺の心臓は恐怖で冷たく凍りついていた。
ベッドの上のエルサは、もう譫言を呟く気力すら残されていないのか、ただ浅い呼吸を繰り返し、ひたすらに苦痛の表情を浮かべている。その顔を見るたび、俺の胸は刃で抉られるように痛んだ。
「エルサ……お前は、そんなに俺の国が、俺の愛が嫌か」
医師たちを下がらせ、静まり返った部屋で、俺は再び彼女の冷え切った手を握りしめる。
彼女の魂は今、この温かい部屋を激しく拒絶している。
『私のような人間が、こんなに優しくされていいはずがない』
『いつか捨てられるくらいなら、今このまま、誰の記憶にも残らず消えてしまいたい』
そんな、前世の二十五年が遺した、あまりにも頑なで大人びた「拒絶」が、名医たちの魔術をすべて弾き返しているのだ。
「頼むから、目を開けてくれ、エルサ。お前が俺を拒むなら、俺の独善で構わない。嫌われても、恨まれてもいい。お前をあの冷たい闇の底へ連れて行こうとする神がいるなら、俺は国を滅ぼしてでも、その神の首を撥ねてお前を奪い返してやる」
俺は彼女の指先に額を押し当て、血を吐くような想いで祈り続けた。
どれほど医療が、魔術が無力だろうと、俺のこの執着の熱だけは絶対に絶やさない。お前が目覚めるその時まで、俺は何度でも、お前のその凍てついた魂に声をかけ続ける。
【カイル視点】総力を挙げた焦燥
「ーーこれ以上の遅参は反逆とみなす! 直ちにエルサ様の寝室へお通ししろ!」
王宮の回廊に、私の怒号が響き渡る。
エルサ様が倒れられてから数日。熱は下がるどころか、彼女の細い肉体を限界まで削り続けていた。事態を重く見た私は、殿下の命を受け、ガルディニア王国が誇る最高峰の宮廷医官長をはじめ、大陸全土から名だたる名医、果ては高名な治癒魔術師たちを、手段を選ばず王宮へと強制的に集結させた。
「カイル殿、これは一体……。身体的な不調であれば我が最高位の解熱薬で一晩もあれば落とせるはず。ですが、このお方は……」
「原因が分からないとでも言うつもりか、医師長」
私の鋭い一瞥に、老医師は額の汗を拭った。
寝室のベッドに横たわるエルサ様は、今や呼吸をするのもやっとというほどに衰弱していらっしゃる。集まった医師たちが次々と診察し、高度な診断魔術を展開するが、返ってくるのは一様に一歩退いた絶望の顔ばかりだった。
「お身体に、明確な病変や毒の痕跡はございません。これは……肉体が、生きるための『気力』そのものを拒絶している状態です。魂の根底にある深い絶望が、外からのあらゆる治癒の手を『異物』として弾いてしまっている。これでは、どんな名薬も毒となり果てます」
「心が、生きることを拒んでいる、と……?」
私は絶句した。二十五年、そして今世。彼女を縛る絶望の深さは、大陸最高の医療技術をしても、触れることすら叶わないほどに強固な氷城なのだ。
【ゼオン視点】覇王の無力、奈落の誓い
「治せないだと? 大陸随一の医者が集まって、ただ一人の女も救えないのか!」
集まった医師たちを怒鳴り散らすが、彼らはただ恐怖に震え、床に額を擦りつけることしかできない。
その無能さに怒り狂いながらも、俺の心臓は恐怖で冷たく凍りついていた。
ベッドの上のエルサは、もう譫言を呟く気力すら残されていないのか、ただ浅い呼吸を繰り返し、ひたすらに苦痛の表情を浮かべている。その顔を見るたび、俺の胸は刃で抉られるように痛んだ。
「エルサ……お前は、そんなに俺の国が、俺の愛が嫌か」
医師たちを下がらせ、静まり返った部屋で、俺は再び彼女の冷え切った手を握りしめる。
彼女の魂は今、この温かい部屋を激しく拒絶している。
『私のような人間が、こんなに優しくされていいはずがない』
『いつか捨てられるくらいなら、今このまま、誰の記憶にも残らず消えてしまいたい』
そんな、前世の二十五年が遺した、あまりにも頑なで大人びた「拒絶」が、名医たちの魔術をすべて弾き返しているのだ。
「頼むから、目を開けてくれ、エルサ。お前が俺を拒むなら、俺の独善で構わない。嫌われても、恨まれてもいい。お前をあの冷たい闇の底へ連れて行こうとする神がいるなら、俺は国を滅ぼしてでも、その神の首を撥ねてお前を奪い返してやる」
俺は彼女の指先に額を押し当て、血を吐くような想いで祈り続けた。
どれほど医療が、魔術が無力だろうと、俺のこの執着の熱だけは絶対に絶やさない。お前が目覚めるその時まで、俺は何度でも、お前のその凍てついた魂に声をかけ続ける。



