第十五話:魂の底の慟哭(ゼオン・カイル視点)
【ゼオン視点】届かぬ熱、暴かれる傷痕
丸一日が経過しても、エルサの熱は一向に下がる気配を見せなかった。
それどころか、彼女の小さな輪郭はひたすらに苦痛に歪み、シーツを握りしめる細い指先は白く強張っている。
「……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ。私が、私が使えないから……。だから、もう叩かないで……暗い部屋に、一人にしないで……」
喉をかきむしるようにして溢れ出る譫言(うわごと)は、どれも我が耳を疑うような、凄惨な謝罪と懇願ばかりだった。
前世の、物心ついた頃からの凄惨なネグレクト。
大人になるまで、二十五年間の人生のすべてで、誰一人として彼女を大切にしなかった。その「誰も助けてくれなかった子供の記憶」と「擦り切れるまで酷使された大人の絶望」が、熱に浮かされた防壁の奥から、堰を切ったように溢れ出しているのだ。
「エルサ、もういい! 謝るな、お前は何も悪くない……っ!」
俺は彼女の身体を壊さないよう、けれど片時も離さぬように強く抱きしめ、祈るようにその名を呼び続けた。
だが、エルサの琥珀の瞳は、目の前にいる俺を映さない。彼女は今、ガルディニアの温かい部屋ではなく、前世のあの冷たい雨の降る路地裏で、一人きりで死に瀕しているのだ。
「おいていかないで……誰か、だれかおねがい……。つめたい、の……、痛いの……っ」
「エルサ!!」
血を吐くような彼女の叫びに、俺の心臓は文字通り引き裂かれそうだった。
大国の王太子として、欲しいものはすべてこの手で捥ぎ取ってきた。それなのに、目の前で過去の幻影に苦しむ最愛の女一人、己の熱で救い出すこともできないのか。俺は己の無力さに歯噛みし、ただ彼女の手の甲に、狂おしいほどの口づけを落とし続けた。
【カイル視点】剥き出しの真実
「……これは、あまりにも」
寝室の影に控える私、そして涙を流して祈る侍女たちの間にも、重苦しい沈黙が痛いほどに満ちていた。
エルサ様がこれまで、どのような理不尽を突きつけられても、なぜあれほど冷徹で完璧な「大人」でいられたのか。その本当の理由を、私たちは今、彼女の壊れそうな心の叫びによって突きつけられていた。
彼女は、大人だったのではない。
傷つき、裏切られ、誰にも顧みられない中で、「完璧な道具」でいなければ、次の瞬間には存在を抹消されるという狂気的な恐怖の中で、そう生きるしかなかったのだ。二十五年という前世の歳月は、彼女の魂をそれほどまでに深く、残酷に調教していた。
「殿下、一度お体を離されては……。これ以上魔力を流し込んでは、かえってエルサ様の負担に」
「黙れ、カイル! 離せるわけがないだろう! 俺が離せば、この女(ひと)は本当にあの冷たい世界へ行ってしまう……!」
ゼオン殿下の紺色の瞳は、血走るほどの執着と、今にも崩れ落ちそうな絶望に濡れていた。
一国の覇王をここまで狂わせる、一人の異邦人のあまりにも深い闇。
私たちはただ、その凍てついた過去の凄惨さに圧倒されながら、彼女を縛る四十年近くの呪縛が、殿下の熱によって解ける瞬間を、息を詰めて待つことしかできなかった。
【ゼオン視点】届かぬ熱、暴かれる傷痕
丸一日が経過しても、エルサの熱は一向に下がる気配を見せなかった。
それどころか、彼女の小さな輪郭はひたすらに苦痛に歪み、シーツを握りしめる細い指先は白く強張っている。
「……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ。私が、私が使えないから……。だから、もう叩かないで……暗い部屋に、一人にしないで……」
喉をかきむしるようにして溢れ出る譫言(うわごと)は、どれも我が耳を疑うような、凄惨な謝罪と懇願ばかりだった。
前世の、物心ついた頃からの凄惨なネグレクト。
大人になるまで、二十五年間の人生のすべてで、誰一人として彼女を大切にしなかった。その「誰も助けてくれなかった子供の記憶」と「擦り切れるまで酷使された大人の絶望」が、熱に浮かされた防壁の奥から、堰を切ったように溢れ出しているのだ。
「エルサ、もういい! 謝るな、お前は何も悪くない……っ!」
俺は彼女の身体を壊さないよう、けれど片時も離さぬように強く抱きしめ、祈るようにその名を呼び続けた。
だが、エルサの琥珀の瞳は、目の前にいる俺を映さない。彼女は今、ガルディニアの温かい部屋ではなく、前世のあの冷たい雨の降る路地裏で、一人きりで死に瀕しているのだ。
「おいていかないで……誰か、だれかおねがい……。つめたい、の……、痛いの……っ」
「エルサ!!」
血を吐くような彼女の叫びに、俺の心臓は文字通り引き裂かれそうだった。
大国の王太子として、欲しいものはすべてこの手で捥ぎ取ってきた。それなのに、目の前で過去の幻影に苦しむ最愛の女一人、己の熱で救い出すこともできないのか。俺は己の無力さに歯噛みし、ただ彼女の手の甲に、狂おしいほどの口づけを落とし続けた。
【カイル視点】剥き出しの真実
「……これは、あまりにも」
寝室の影に控える私、そして涙を流して祈る侍女たちの間にも、重苦しい沈黙が痛いほどに満ちていた。
エルサ様がこれまで、どのような理不尽を突きつけられても、なぜあれほど冷徹で完璧な「大人」でいられたのか。その本当の理由を、私たちは今、彼女の壊れそうな心の叫びによって突きつけられていた。
彼女は、大人だったのではない。
傷つき、裏切られ、誰にも顧みられない中で、「完璧な道具」でいなければ、次の瞬間には存在を抹消されるという狂気的な恐怖の中で、そう生きるしかなかったのだ。二十五年という前世の歳月は、彼女の魂をそれほどまでに深く、残酷に調教していた。
「殿下、一度お体を離されては……。これ以上魔力を流し込んでは、かえってエルサ様の負担に」
「黙れ、カイル! 離せるわけがないだろう! 俺が離せば、この女(ひと)は本当にあの冷たい世界へ行ってしまう……!」
ゼオン殿下の紺色の瞳は、血走るほどの執着と、今にも崩れ落ちそうな絶望に濡れていた。
一国の覇王をここまで狂わせる、一人の異邦人のあまりにも深い闇。
私たちはただ、その凍てついた過去の凄惨さに圧倒されながら、彼女を縛る四十年近くの呪縛が、殿下の熱によって解ける瞬間を、息を詰めて待つことしかできなかった。



