凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第十三話:硝子の涙(エルサ・侍女視点)
【エルサ視点】仮面の奥の、初めての瓦解
ゼオン様が部屋を去った後も、私はベッドの端に腰掛けたまま、微動だにできなかった。
私の鎖骨のあたりには、彼が流した熱い涙の痕が、まるで消えない烙印のようにジリジリと熱を放ち続けている。
(どうして……どうしてそこまで私に執着するのですか……)
前世の二十五年、そして今世の十数年。私の人生は常に「差し出すこと」で成り立っていた。自分の感情、自分の時間、自分の知性。それらを周囲に分け与え、役に立っている間だけ、私は世界の片隅にいることを許された。誰も私のために涙を流したことなどない。私が冷たい雨の路地裏で息絶えたあの日、世界は何事もなかったかのように回り続けていたはずだ。
それなのに、ゼオン様は私のために国を敵に回すとすら言い切った。
私の、二十五年かけて築き上げた「大人の諦め」が、彼の理不尽なまでの情熱によって、粉々に噛み砕かれていく。
「エルサ様……」
静かに扉が開いた。入ってきたのは、マルタ、ニーナ、クロエの三人だった。
彼女たちの手には、温かいお湯の張られた盆や、柔らかな着替えが握られている。その瞳には、私を腫れ物のように扱う色ではなく、ただ純粋な、痛切なまでの慈愛が満ちていた。
「もう、あのような恐ろしい国へ戻るなど、仰らないでくださいませ。私たちは、エルサ様がここにいてくださることが、何よりも嬉しいのですから」
ニーナが涙を堪えきれずに、私の足元に跪いて、私の冷え切った手をそっと両手で包み込んだ。
前世の私なら、きっとこの手を冷酷に振り払っていただろう。「対価のない優しさは罠だ」と。
だが、今の私は、喉の奥が引き攣ったように熱くなり、言葉を失っていた。
張り詰めていた、凍てついていた私の内側で、何かが決定的に決壊していく。
「あ……」
私の琥珀色の瞳から、一滴の雫が溢れ、ニーナの手の甲に落ちた。
前世の二十五年、そして今世。一度も流すことのできなかった、私の「本当の涙」だった。
【侍女(ニーナ・クロエ)視点】氷が溶ける音
「エルサ様……っ」
エルサ様の目から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した瞬間、私とクロエはたまらず彼女を抱きしめていました。
これまで、どんなに酷い言葉を投げかけられても、どんなに理不尽な目に遭っても、エルサ様はまるで感情を持たない硝子のお人形のように、冷徹で、大人びたお顔を崩されませんでした。それが、どれほど深い絶望の裏返しだったのかを、私たちは今、彼女の流す涙によって知ったのです。
「う、ぅ……あ、ああ……」
小さな、子供のような嗚咽が、エルサ様の唇から漏れ聞こえます。
二十五年もの間、誰一人として味方のいなかった世界で、一人で凍え、一人で耐え抜いてきた彼女の魂が、今、ようやくガルディニアの温かさの中で、大声を上げて泣くことを許された瞬間でした。
「大丈夫でございます、エルサ様。ここはもう、お一人で戦う場所ではございません。殿下も、私たちも、あなた様を絶対に手放しはいたしません」
マルタが後ろから、私たちごとエルサ様を大きな毛布で包み込みます。
窓の外では、かつてエルサ様を置き去りにした冷たい雨ではなく、ガルディニアの優しい星空が、新しく生まれ変わり始めた彼女の夜を、静かに、どこまでも温かく見守っていました。