凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる

第十二話:歪な抱擁のなかで(エルサ・ゼオン視点)
【エルサ視点】生まれて初めての、痛いほどの重み
ゼオン様の胸の中に力任せに閉じ込められ、私の視界は彼の漆黒の上着で真っ暗になった。
耳元でドクドクと、恐ろしいほどの速さで脈打つ心音が、私の鼓膜を容赦なく叩く。
(……どうして、そんなに泣きそうな声を出すのですか)
前世の二十五年、そして今世の十数年、私が「自ら進んで身代わりに差し出される」と言ったとき、周囲の人間は皆、一様に安堵の表情を浮かべていた。『お前がそうしてくれるなら助かる』『お前にはそのくらいの価値しかないからな』と、当然の権利のように私の犠牲を受け入れてきたのだ。
それが、私の知る世界のルールだった。
賢く、合理的に、大人の分別を持って、傷を最小限に抑えるために自分を差し出す。それが私の生存戦略だったはずなのに。
「……ゼオン様、離してください。服が、皺になります……」
感情を押し殺した声で告げる。けれど、私の身体は、彼の身体から放たれる圧倒的な熱量に当てられ、指先ひとつ動かすことができなかった。
信じてはいけない。この温かさに身を委ねてしまえば、いつか引き剥がされたときの冷たさに、私の魂は今度こそ耐えられずに粉々に砕け散ってしまう。
「嫌だ。離せばお前は、またあの冷たい檻へ戻ってしまう。俺を信じろ、エルサ。お前の二十五年の絶望ごと、俺が力ずくで書き換えてやる」
その必死な言葉が、私の耳の奥にこびりついて離れない。
私の強固な大人の理性という名の城壁が、彼のあまりにも理不尽な、そしてあまりにも純粋な熱によって、じわじわと、内側から音を立てて崩れていく。その恐怖に、私はただ小さく身を震わせることしかできなかった。
【ゼオン視点】絶対に、帰しはしない
腕の中のエルサは、驚くほど細く、そして驚くほど冷たかった。
俺がこれほどまでに感情を爆発させて抱きしめているというのに、彼女はただ、大人の冷静さという名の仮面を被り、嵐が過ぎ去るのを待つ人形のように静かに佇んでいる。
(どれほど、一人で戦ってきたんだ……)
二十五年もの間、ただの一人も彼女を大切にせず、利用価値がなくなれば冷たい雨の中に置き去りにしたという前世の世界。そして、今世でもなお、彼女の頭脳を搾取し、都合が悪くなれば「悪女」と呼んで生贄に捧げようとするベルトラン公爵家。
エルサの冷徹な知性は、その地獄のような日々を生き抜くために、彼女が死に物狂いで身につけた「盾」なのだ。
だからこそ、彼女は「自分が犠牲になればガルディニアに不利益はない」などという、哀しい大人の計算を平然と口にしてみせる。
「カイル」
俺はエルサを抱きしめたまま、背後に立つ側近へ、低く冷徹な声を投げた。
「はっ」
「ベルトラン公爵家、およびあの不実な婚約者の男に告げよ。『我がガルディニアの至宝たるエルサに、二度とその汚い指で触れようとするな。これ以上の要求は、我が国への宣戦布告とみなす』とな」
「……御意に。そのように手配いたします、殿下」
カイルは静かに一礼し、部屋を出ていった。
俺は腕の中のエルサのミルクティー色の髪に、愛おしさを込めて深く顔を埋める。
「エルサ。お前がどんなに自分を『道具』だと蔑もうと、俺がお前を人間に戻してやる。お前が大人としてすべてを諦めているなら、俺の前でだけは、子供のように泣いて、我が儘を言えばいい」
俺の目から零れた熱い涙が、エルサの鎖骨のあたりに染み込んでいく。
世界中のすべてが彼女を裏切ろうとも、俺だけは、このガルディニアという国すべてを賭けて、彼女を世界一甘やかし、大切に愛し抜いてみせる。その誓いは、何があっても揺らぐことはない。