【エリーゼ視点】
数時間後、私たちは無事に国境の小さな宿場町へと辿り着いた。
深夜ということもあり、私たちは手配していた偽名を使って、一つの部屋を借りることにした。資金を節約するため、そして何より、追手の可能性を考えて離れない方がいいというレオンの判断だ。
「じゃあ、私はベッドを使うわね。レオンは……」
「俺は床で十分だ。毛布があれば丸くなれる」
レオンは当然のように床に上着を敷こうとする。大きな身体を丸めようとする姿は、心なしか大きな犬のようで少し可愛い。
けれど、さすがに完治したばかりの脚を冷やすのは良くない。
「だめよ。ベッド、結構広いわ。……一緒に寝ましょう?」
「なっ……!?」
レオンの銀色の耳が、ピーンと垂直に跳ね上がった。
琥珀色の瞳がこれ以上ないほど見開かれ、みるみるうちに耳の先まで赤くなっていく。
「エ、エリーゼ、お前は自分が公爵令嬢……いや、未婚の女性だという自覚があるのか!? 男を同じベッドに誘うなど……!」
「だって、私たちは旅の仲間でしょう? それに、レオンは私に乱暴したりしないでしょ?」
小首を傾げて見つめると、レオンは大きな手で顔を覆い、深いため息をついた。
「お前は本当に……警戒心がなさすぎる。俺がどれだけ理性を保つのに必死か、分かっていないだろう」
低く、少し掠れた声。
その言葉の響きに、今度は私の方がドギマギしてしまった。
前世では恋愛なんて小説の中でしか知らなかった私。レオンの男らしい体躯と、隠しきれない熱い視線が急に意識されて、顔が熱くなる。
「……じゃあ、真ん中に枕で壁を作りましょう。それで決定!」
私は慌ててベッドに飛び込み、毛布を頭まで被った。
心臓がうるさいくらいに高鳴っている。
悪役令嬢としての破滅を回避した先で、私はどうやら、原作よりもずっと甘くて刺激的な物語を紡ぎ始めてしまったみたいだ。
隣から聞こえるレオンの規則正しい寝息を聞きながら、私は毛布の中でじっと目を閉じていた。
けれど、昼間の興奮とレオンとの距離の近さのせいで、脳は冴え渡る一方だった。
(前世、か……)
ふと、私の意識は遠い記憶の底へと沈んでいく。
前世の私は、とにかく「動けない」人間だった。
20年という短い生涯のほとんどを、四角い病室の、白い天井を見つめて過ごした。
窓の向こうで季節が移り変わるのを、ただ眺めるだけの毎日。春には桜が舞い、夏には入道雲が湧き、秋には紅葉が散り、冬には雪が積もる。
クラスメイトたちが制服を着て笑い合い、恋をして、どこへでも自分の足で歩いていく姿が、羨ましくて、妬ましくて、たまらなかった。
『どうして私だけが、こんな目に遭わなきゃいけないの?』
神様を呪い、自分の運命を呪った。
そんな私の唯一の救いが、病室のベッドで読む「異世界小説」だった。
主人公たちが広い世界を冒険し、美味しいものを食べ、愛する人と出会う。そんな当たり前の「自由」が、私にとっては最高のファンタジーだったのだ。
「う、ん……」
不意に、隣の気配が大きく動いた。
驚いて目を開けると、レオンが苦しげに顔を歪め、うなされているのが見えた。月光に照らされた彼の額には、じっとりと汗が浮かんでいる。
「レオン……? 悪夢でも見ているの?」
私は枕の境界線を越え、そっと彼の額に手を当てた。
数時間後、私たちは無事に国境の小さな宿場町へと辿り着いた。
深夜ということもあり、私たちは手配していた偽名を使って、一つの部屋を借りることにした。資金を節約するため、そして何より、追手の可能性を考えて離れない方がいいというレオンの判断だ。
「じゃあ、私はベッドを使うわね。レオンは……」
「俺は床で十分だ。毛布があれば丸くなれる」
レオンは当然のように床に上着を敷こうとする。大きな身体を丸めようとする姿は、心なしか大きな犬のようで少し可愛い。
けれど、さすがに完治したばかりの脚を冷やすのは良くない。
「だめよ。ベッド、結構広いわ。……一緒に寝ましょう?」
「なっ……!?」
レオンの銀色の耳が、ピーンと垂直に跳ね上がった。
琥珀色の瞳がこれ以上ないほど見開かれ、みるみるうちに耳の先まで赤くなっていく。
「エ、エリーゼ、お前は自分が公爵令嬢……いや、未婚の女性だという自覚があるのか!? 男を同じベッドに誘うなど……!」
「だって、私たちは旅の仲間でしょう? それに、レオンは私に乱暴したりしないでしょ?」
小首を傾げて見つめると、レオンは大きな手で顔を覆い、深いため息をついた。
「お前は本当に……警戒心がなさすぎる。俺がどれだけ理性を保つのに必死か、分かっていないだろう」
低く、少し掠れた声。
その言葉の響きに、今度は私の方がドギマギしてしまった。
前世では恋愛なんて小説の中でしか知らなかった私。レオンの男らしい体躯と、隠しきれない熱い視線が急に意識されて、顔が熱くなる。
「……じゃあ、真ん中に枕で壁を作りましょう。それで決定!」
私は慌ててベッドに飛び込み、毛布を頭まで被った。
心臓がうるさいくらいに高鳴っている。
悪役令嬢としての破滅を回避した先で、私はどうやら、原作よりもずっと甘くて刺激的な物語を紡ぎ始めてしまったみたいだ。
隣から聞こえるレオンの規則正しい寝息を聞きながら、私は毛布の中でじっと目を閉じていた。
けれど、昼間の興奮とレオンとの距離の近さのせいで、脳は冴え渡る一方だった。
(前世、か……)
ふと、私の意識は遠い記憶の底へと沈んでいく。
前世の私は、とにかく「動けない」人間だった。
20年という短い生涯のほとんどを、四角い病室の、白い天井を見つめて過ごした。
窓の向こうで季節が移り変わるのを、ただ眺めるだけの毎日。春には桜が舞い、夏には入道雲が湧き、秋には紅葉が散り、冬には雪が積もる。
クラスメイトたちが制服を着て笑い合い、恋をして、どこへでも自分の足で歩いていく姿が、羨ましくて、妬ましくて、たまらなかった。
『どうして私だけが、こんな目に遭わなきゃいけないの?』
神様を呪い、自分の運命を呪った。
そんな私の唯一の救いが、病室のベッドで読む「異世界小説」だった。
主人公たちが広い世界を冒険し、美味しいものを食べ、愛する人と出会う。そんな当たり前の「自由」が、私にとっては最高のファンタジーだったのだ。
「う、ん……」
不意に、隣の気配が大きく動いた。
驚いて目を開けると、レオンが苦しげに顔を歪め、うなされているのが見えた。月光に照らされた彼の額には、じっとりと汗が浮かんでいる。
「レオン……? 悪夢でも見ているの?」
私は枕の境界線を越え、そっと彼の額に手を当てた。


