銀狼騎士は転生悪役令嬢と番になる運命でした

【エリーゼ視点】
「う……頭が、重い……」
翌朝、私はこめかみを指で押さえながら、のそのそとベッドの上に起き上がった。
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、やけに目に刺さる。前世の病院でも、今世の公爵邸でも経験したことのない、頭を芯から揺さぶるような鈍い痛み――これが噂に聞く「二日酔い」というやつなのだろう。
「私、昨日の夜……どうやって戻ってきたんだっけ……」
記憶の糸を手繰り寄せる。
確か、ギルバートお兄様を跳ね除けたお祝いで、食堂で初めてのお酒を飲んで。それから、レオンに何か恥ずかしいことを聞いた気がする。いや、それどころか、自分から手を繋ぎたいなんておねだりして――。
「――っ! 私ったら、何て破廉恥なことを……!」
そこまで思い出して、私は一気に顔から火が出るほど赤くなり、枕に顔をうずめて悶絶した。
前世で恋愛経験ゼロだった反動が、お酒の力で爆発してしまったのだろうか。いくらレオンが優しいからって、あんな無防備に甘えるなんて、悪役令嬢としても一人の女性としても論外だ。
「……起きたか、エリーゼ」
部屋の隅、扉のすぐ近くから、低く心地よい声が響いた。
慌てて枕から顔を上げると、そこには椅子に深く腰掛け、大剣を抱くようにして私を見守っていたレオンがいた。彼の銀色の耳は綺麗に立っており、琥珀色の瞳はいつもと変わらない、静かな守護者の光を湛えている。
「レ、レオン……! ずっと、そこにいてくれたの?」
「ああ。公爵家の追手の件もある。お前を一人にするわけにはいかないからな」
レオンはそう言って立ち上がると、足音も立てずにベッドの脇へと歩み寄り、サイドテーブルに水の入ったコップと、小さな薬草の丸薬を置いた。
「頭が痛むのだろう。昨日のお前の飲みっぷりを見て、夜のうちに宿の親父から二日酔いに効くハーブを分けてもらったんだ。……飲めるか?」
「……ありがとう」
至れり尽くせりな彼の優しさに、胸の奥がキュンと切ないほどに締め付けられる。
コップを受け取る際、指先がほんの少しだけ触れ合った。それだけで、昨夜彼と指を絡ませて歩いた、あの大きな手の温もりが鮮明に蘇ってきて、私は慌てて水を飲み干した。
薬を飲み終え、少し落ち着いたところで、私は恐る恐るレオンを見上げた。
「あの、レオン。昨日の夜、私……変なこと、言わなかったかしら?」
「変なこと?」
レオンは少し意地悪く口元を綻ばせ、私の反応を楽しむように銀色の耳をパタパタと揺らした。
「そうだな。『レオンの耳は可愛い』とか、『ずっと一緒にいてね』とか……上機嫌で俺の手を握りしめていたな。……覚えているか?」
「う、うう……ごめんなさい……!」
私は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆ってベッドの中に縮こまった。
消えてしまいたい。けれど、そんな私を見て、レオンは低く、優しく笑った。
「謝るな。俺は嬉しかったぞ。お前がそれだけ、俺の前で無防備になってくれたということだからな」
そう言って、レオンは私の頭の上から、髪を優しく撫でてくれた。彼の大きな手のひらは、昨夜と変わらず、驚くほど温かい。
「まだ、あの実家の影がこの街に潜んでいるかもしれない。体調が戻ったら、次の移動先を決めよう。お前が行きたい場所へ、俺はどこへでも供する」
「……ええ。よろしくね、レオン」
顔を覆った手の隙間から彼を見つめると、彼もまた、どこか切なさを秘めた優しい眼差しで私を見つめ返していた。
まだ、お互いに一線を越えるような言葉は口にしない。
私はこの自由な世界を自分の足でもっと歩みたいし、レオンもそんな私を誰よりも尊重してくれている。
ゆっくり、ゆっくり。
私たちは、朝の光に包まれながら、また一歩、新しい日常へと歩みを進めるのだった。