後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~

「…………やだ。どうしよう」
 簡潔すぎるメッセージは言葉以上の情報をレイラに与えてはくれなかった。

 例えば、このメッセージを無視した場合、次にあの騎士がどういう手段を取るのか、全く想像がつかない。
 そもそも、この手紙自体が罠で、ノコノコ出てきたところを確保される、なんてこともあり得るのだ。

 かといって、この手紙を無視して王宮警備によって真面目に捜索されてしまった場合、逃げ切ることは不可能な気もする。
 そもそも、末端どころかすっかり存在を忘れ去られているとはいえ、レイラは一応現王の側室なのである。逃げようにも逃げられない。

「……………え?これって詰んでる?」
 呆然と呟きながら改めて眺めたカゴの中には、ドライフルーツをふんだんに使った焼き菓子や珍しいチョコレートボンボンなどが、澄まし顔で並んでいる。

 庶民には滅多にお目にかかることのできない高級菓子の数々に、レイラは無意識に喉を鳴らした。
 チョコレートなんていつぶりだろう。
 脳裏に、取引のある商人から貰った甘い味が蘇る。
 舌がとろけてしまうかと思う程の美味しさだった。

「……………お菓子に罪はない、よね。真面目そうな騎士様だったし、お菓子に毒を仕込むなんてこともないだろうし………」
 自分に言い訳するようにつぶやくと、レイラはカゴを手に踵を返した。

「に、しても、ユリアになんて言って説明したらいいのかしら?」
 あの日、帰った時に丁度ユリアは出かけていて、手ぶらだったことも気づかれる事は無かった。
 薬草のことに関してはユリアはノータッチだから(1度教えようとしたけれど「覚えられない」と直ぐに逃げられてしまった)、その後も収穫がなかったことだって気づいていない。

 突っ込まれることがなかったのを幸いに、レイラは素顔を晒した挙句逃げてきたことを秘密にしていたのだ。

「……………まぁ、今までだって侍女さんたちと取り引きはしてたんだし、顔見られたことさえバレなければ、怒られることもないかな?」

 2人きり肩を寄せ合い生きてきた年月は、良くも悪くも2人から主従関係を薄れさせていた。
 現在の2人の関係は主従というより姉妹と言った方がしっくりくる。
 しかもやらかす妹のフォローに走り回る姉、という感じで。

 元々傅かれる生活なんて縁遠い生活をしていたレイラにとっては、現在の関係はかなり居心地のいいものだったが、その分、怒らせた時のユリアの怖さは身に染みている。

「お菓子で機嫌なおしてくれるかな………。よし、説教始まりそうになったら、とりあえずチョコを口の中に突っ込んでみよう」
 だんだんと騎士の思惑に対する不安から別の方向に思考がすり替わっていったけれど、当のレイラは気づく事なくブツブツと呟きながら、なれた家路をたどっていった。

 幸か不幸か、たった1人の森の中。
 明らかにそれは悪手、と、突っ込んでくれる人間などいるはずもなかった。

 事情説明中に説教をされそうになったレイラは、当初の予定通りユリアの口にチョコを突っ込むという暴挙をやらかして、更に怒りを買う悪循環に陥った事を蛇足ながらここに明記しておこう。