後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~

 その日は、初めて森に入った日と同じように夜勤明け、だった。

 小規模の夜会があり、酔いの回った貴族たちの小競り合いを収めたり、王宮内に不審者が侵入したと呼び出され、夜の闇の中命懸けの鬼ごっこをしたりとなかなかスリリングな夜だった。

 どうにか取り押さえたものの、下手を打って二の腕に一太刀浴びてしまい、マリオンはひっそりと落ち込んでいた。

 侵入者ごときに遅れをとるとは情けない。
 こんな事では王宮の平和を護れはしない。

 まわりからは殺さずに捕まえた事を褒められたが、マリオンの気持ちは少しも晴れなかった。
 もっと強くなりたい。
 落ち込む気持ちを振り払うように、痛む腕を無視して日課の鍛錬をしていれば、直属の上司に帰宅命令を出されてしまった。

 曰く「自分の体のケアをするのも仕事のうちだ。眠らず、手傷を負った今の状態で剣を振るっても身にはならん。サッサと帰って休め」

 もっともな訓戒に、しかし若いマリオンの意地が素直に頷く事を良しとしなかった。
 しかし、理性では理解していたので、素直に修練用の鉄剣を収め一礼してその場を去った。

 その足で、森の中へと入り込んだのだ。
 森の静けさが、この猛る心を鎮めてくれる事を願って。

 マリオンが、いつの間にか決まっていた散策ルートを外れたのはなんとなくだった。
 
 足の向くままに初めて通る場所をどんどん進んでいく。
 獣道とすら呼べない様な場所をかき分ける様にして歩いていくうちに、小さな小川に行き当たった。

 川幅はマリオンならまたぎ越せてしまえるのではないかと思えるほど細く、深さもさほど無さそうだ。
 川というより、雨水の通り道と言った方が良いのかもしれない。

 何気なく手の平で掬えば、ずいぶん冷たく澄んでいた。
 マリオンの歩き通しで渇いた喉を涼やかに通り過ぎていく。

 ほぅっとため息がこぼれた。
 なんとなく張っていた肩の力がスッと抜けていくのを感じ、マリオンは苦笑した。

 そうして冷静さを取り戻してみれば、自分がいつの間にか森のずいぶん奥深くまで来てしまっていたことに気付く。

「………困った。ココはどこら辺だろう」
 つぶやきはとても気の抜けた響きを持って、森の中に消えていった。
 
 空を見上げれば、梢の陰から見える太陽はいつの間にかほぼ中天に達している。
 思っていたよりも長く歩き回っていた事にマリオンはもう1つため息をついた。

 もう少しすれば、太陽の傾きで方角もわかるだろうと気楽に考えたマリオンは、何気なく小川を辿って川下へと歩き出した。

 そうして幾つ目かの張り出した木の枝を避けるようにして進んだ時、突然鮮やかな黄金色の煌めきが目に飛び込んでくる。

 思わず息を飲み踏みしめた足の下で川辺の砂利が大きな音を立てた。