悪女の代行を演じたら氷の御曹司に永久就職⁉〜お見合い破談に大失敗!私は彼に丸め込まれ溺愛されてます~

経済、政治そして文化のすべてを牛耳ると言っても過言ではない巨大財閥『逢坂グループ』
その本社クレスト・インターナショナルタワー最上階には選ばれた者しか足を踏み入れることを許されない。
グループの頂点に居るのは志遠の祖父・逢坂春成(あいさか はるなり)である。
経済界を半世紀以上に渡って牽引してきた実績で一族の誰もが恐れる絶対的な存在だった。

「おい、そろそろ行くか」

感情を一切表に出さず常に冷徹な姿は志遠と似ている。
彼の氷の下にある本音はこの巨大な帝国を維持し従業員の生活を守り抜くという言葉にできないほど重い責務と優しさが隠されていた。

そんな彼は自分の血を引く子供や孫たちの本質を誰よりも正確に見抜いていた。

「楽しそうですね」

「冗談は良い。お前も付いて来い」

同じく半世紀以上近くにいる秘書は彼に真面目な顔付きで後ろを歩き杖を付き先を歩く春成の久しぶりにワクワクしているような背中に微笑んだ。

「おい、そこの君。このボールペンのインクの出方が悪い。別のものに変えてくれ」

ホテル・ドゥ・ミエール のフロントカウンターに低く威圧感のある声が響く。
その声は仕立ての良い漆黒のオーダーメイドスーツを身にまとった高齢の男性の物で白髪を完璧に整え鋭い瞳を持つ。

「会長、バレますよ。もう少し優しい声で」秘書に諭され苦笑いを浮かべた。

彼は身分を隠してフロントに立ち誰にもばれないようにするつもりが隠せない物は隠せない。
今日の目的は買収したホテルをただ見にきたわけではなく孫の志遠がマンションに同居しているという女性の品定め。

志遠が手元に置きたがった女性を自分の目で確かめたかった。
どんな計算高く男を惑わすような女かと思えば…

「大したことないな」

ぽつりと聞こえないように呟いてフロントの中で眼鏡をかけ真面目な顔で頭を下げている彼女を冷たい目で見つめた。

(せっかくの機会だから少し困らせてやるか)

こう言うところの血は争えない。

「大変申し訳ございません。ただいま、別のペンをご用意いたします」

日和はすぐに新しいボールペンを差し出すとそれを受け取りメモ帳に一本線を引くとすぐにまた不機嫌そうに放り出した。

「これも駄目だ。滑らかさが足りん!紙に引っかかる感覚がある。わしは筆圧が弱いのでね、インクの粘度が高すぎるペンは手が疲れるんだ。このホテルではまともなペンの1本も用意できないのか?」

理不尽な文句に普通のフロント係なら嫌悪感を滲ませたり無礼な態度で対応するか、それを見たくて困らせるつもりが動じる様子もない。