『黒薔薇館の十三夜』

 資料室に閉じ込められた六人は、しばらく誰も動けなかった。

 鉄扉の向こうから聞こえていた足音は、すでに遠ざかっている。

 悠斗は何度もドアノブを回した。

「くそっ……!」

 ガチャッ。

 ガチャッ。

 鍵は外から掛けられている。

 力いっぱい押しても、分厚い鉄扉はびくともしなかった。

「完全に閉じ込められた……。」

 蓮が壁にもたれながら息をつく。

 さっきの発作の影響がまだ残っているのか、顔色は優れない。

「落ち着こう。」

 健人は深呼吸をして言った。

「閉じ込めたってことは、ここに見られたくないものがあるんだ。」

 その言葉に全員の視線が机の上へ向く。

 一冊の日記。

 黒い革張りの表紙には金色の文字で、

 『黒薔薇 澪』

 と記されていた。

 美咲はゆっくりと表紙を開く。

 紙は黄ばんでいたが、文字ははっきり残っている。



 六月十二日

 今日も館の外へは出してもらえなかった。

 お父様は「黒薔薇家の人間は人前に出る必要はない」と言う。

 私は学校へ行ってみたい。

 友達を作ってみたい。



 ページをめくる。



 七月三日

 地下通路を見つけた。

 あそこを通れば外へ出られるかもしれない。

 でも霧島さんに見つかってしまった。

 「絶対に行ってはいけません」と泣きそうな顔で言われた。



 美咲は思わず霧島を見る。

「あなたは……。」

 霧島は静かに頷いた。

「私が若かった頃の日記です。」

 その声は震えていた。

「澪お嬢様は、好奇心旺盛なお方でした。」

 結衣が次のページを開く。



 八月十九日

 館の秘密を知ってしまった。

 お父様は村の人たちから土地を奪って、この館を建てた。

 地下には、その証拠が全部残っている。

 もし誰かに知られたら、黒薔薇家は終わる。



 健人が設計図の奥にある古い箱を開ける。

 中には大量の新聞記事や契約書が入っていた。

 「これだ。」

 一枚の記事を広げる。

 見出しには大きく、

 『黒薔薇家当主、土地買収を巡る疑惑』

 と書かれていた。

 しかし記事の途中は黒く塗りつぶされている。

「誰かが隠したんだ。」

 悠斗が言う。

 その時、美咲は日記の最後のページを開いた。

 そこだけ文字が乱れていた。



 九月二日

 誰かが私を監視している。

 夜になると足音が聞こえる。

 部屋の前で止まる。

 でも扉を開けても誰もいない。



 美咲は息を呑む。

「これ……。」

「私たちと同じ。」

 結衣も気づいた。

 夜の足音。

 部屋の前で止まる音。

 黒い影。

 すべて二十年前にも起きていた。

 いや――

 誰かが、二十年前の出来事を再現している。

 その瞬間だった。

 館全体の照明が一斉に消えた。

 パチン――。

 真っ暗になる資料室。

「停電!?」

 紗奈のスマートフォンのライトが点く。

 ……いや。

「紗奈!?」

 全員が振り向く。

 資料棚の奥に、一人の少女が立っていた。

 髪は乱れ、服は土で汚れている。

 しかし間違いない。

 数日前に姿を消した白石紗奈だった。

「紗奈!」

 美咲は駆け寄る。

 紗奈は涙を浮かべながら、美咲の腕をつかんだ。

「逃げて……。」

「え?」

「この館には……。」

 言い終わる前に、背後から物音がした。

 ギィ……。

 誰も開けられないはずの鉄扉が、ゆっくり開いていく。

 暗闇の中から、一人の人物が姿を現した。

 黒いレインコート。

 顔はフードで隠れて見えない。

 手には一本の懐中電灯。

 そしてもう片方の手には――

 古びた拳銃。

 誰も息ができなかった。

 男は静かに一歩踏み出す。

「……見つけてしまったか。」

 低い声が資料室に響く。

 霧島の表情から血の気が引く。

「あなたは……!」

 男はフードの奥でゆっくり笑った。

「予定より早かったな。」

 その言葉と同時に、懐中電灯の光が六人を順番に照らしていく。

 まるで獲物を選ぶように。

 美咲は紗奈を背中へかばう。

 この男こそが、館で起きたすべての事件の黒幕なのか。

 それとも――。

 男は静かに拳銃を持ち上げた。

 資料室の空気が凍りつく。

 誰一人、動くことができない。

 黒薔薇館に隠されていた二十年前の秘密。

 そして、現在の事件。

 その二つが、ついに一つへとつながろうとしていた。