館内放送が途切れたあとも、誰一人として口を開かなかった。
温室には重苦しい沈黙だけが流れている。
風がガラスを揺らし、黒薔薇の花びらが一枚、床へ落ちた。
「……今の放送。」
最初に口を開いたのは健人だった。
「誰が流したんだ?」
「館の主人じゃないのか?」
蓮が言う。
しかし霧島は静かに首を横へ振った。
「いいえ。」
「じゃあ誰なんです?」
「……分かりません。」
その返事に、美咲は違和感を覚える。
本当に分からない人間がする表情ではなかった。
何かを知っている。
けれど話せない。
そんな苦しさが、霧島の目には浮かんでいた。
「とにかくここを出よう。」
悠斗が扉を押す。
すると今度は、あっさりと扉が開いた。
「……え?」
さっきまでびくともしなかった扉が、何事もなかったように開いている。
「鍵なんて掛かってなかったのか……。」
蓮が低く呟いた。
「誰かが外から押さえてた?」
誰も答えられない。
だが全員が同じことを考えていた。
この館には、自分たち以外の誰かがいる。
◇
夕方。
空は鉛色の雲に覆われ、再び雨が降り始めた。
食堂には昨夜と同じように豪華な料理が並んでいる。
しかし昨日のような笑い声はなかった。
六人は無言で席に着く。
紗奈の椅子だけが空いたままだった。
その空席を見つめ、美咲は胸が締めつけられる。
「……本当にどこへ行ったんだろう。」
「必ず見つかる。」
悠斗はそう言ったが、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
霧島は一人ひとりの前へ料理を運ぶ。
その手は、わずかに震えていた。
「皆様。」
霧島は静かに頭を下げる。
「どうか、お召し上がりください。」
誰もフォークを手に取らない。
すると大翔が苦笑した。
「食べないと頭も回らないよ。」
そう言ってスープを口へ運ぶ。
「……うまい。」
少しだけ空気が和らいだ。
美咲もパンをちぎり、ゆっくり食べ始める。
その時だった。
ガシャン!
突然、大きな音が響いた。
全員が立ち上がる。
音のした方を見ると、蓮が床へ倒れていた。
「蓮!」
美咲たちは駆け寄る。
蓮は胸を押さえ、苦しそうに呼吸をしている。
「ぐっ……!」
「どうした!?」
悠斗が肩を支える。
蓮は何かを伝えようと口を動かした。
しかし言葉にならない。
そのまま意識を失った。
「霧島さん!」
健人が叫ぶ。
「救急箱を!」
霧島はすぐに駆け出した。
美咲は蓮の脈を確かめる。
「脈はある!」
「呼吸もしてる!」
結衣が安堵の息を漏らした。
数分後。
霧島が医療箱を持って戻ってくる。
蓮はしばらくして意識を取り戻した。
「……俺。」
顔色は悪いが、命に別状はなさそうだった。
「大丈夫か?」
「ああ……。」
蓮は額の汗をぬぐう。
「急に息が苦しくなって……。」
霧島はテーブルの料理を見回した。
「念のため、食事は中止にいたします。」
「毒……?」
大翔が青ざめる。
「まだ分かりません。」
霧島はスープをスプーンですくい、小さな瓶へ移した。
「後で調べます。」
美咲は蓮の皿を見る。
他の皿と何も変わらない。
だが一つだけ。
スープの中に、小さな白い粒が沈んでいた。
「これ……。」
結衣も気づいた。
「塩じゃない。」
霧島は慎重に粒を取り上げる。
その表情が曇る。
「これは……薬です。」
「薬?」
「錠剤を砕いたようなものです。」
食堂の空気が凍りついた。
誰かが蓮の料理に薬を混ぜた。
偶然ではない。
明らかな犯行だった。
「でも、誰が?」
健人が立ち上がる。
「食堂にいたのは俺たちだけだぞ!」
「料理を運んだのは霧島さんです。」
結衣の一言で、視線が一斉に霧島へ向いた。
霧島は目を閉じる。
「疑われても仕方ありません。」
「違うんですか?」
霧島は静かに答えた。
「……違います。」
その言葉を信じたい。
しかし、状況だけを見れば、最も疑わしいのは霧島だった。
その時だった。
二階から、重いものを引きずるような音が響いた。
ズ……ッ。
ズ……ッ。
全員が息を止める。
音は、あの「立入禁止」の部屋の方から聞こえてくる。
しかも今度は、はっきりと人の足音も混じっていた。
コツ……コツ……。
美咲は悠斗と目を合わせる。
悠斗は小さく頷く。
誰かがいる。
それも、今この瞬間に。
蓮はまだ立ち上がれない。
健人が懐中電灯を握る。
「……確かめよう。」
霧島は制止しようとした。
だが、その声よりも早く。
六人は食堂を飛び出し、二階への階段を駆け上がっていった。
そして、誰もまだ知らなかった。
この選択が、黒薔薇館で初めて本当に「命が奪われる事件」へとつながることを――。
温室には重苦しい沈黙だけが流れている。
風がガラスを揺らし、黒薔薇の花びらが一枚、床へ落ちた。
「……今の放送。」
最初に口を開いたのは健人だった。
「誰が流したんだ?」
「館の主人じゃないのか?」
蓮が言う。
しかし霧島は静かに首を横へ振った。
「いいえ。」
「じゃあ誰なんです?」
「……分かりません。」
その返事に、美咲は違和感を覚える。
本当に分からない人間がする表情ではなかった。
何かを知っている。
けれど話せない。
そんな苦しさが、霧島の目には浮かんでいた。
「とにかくここを出よう。」
悠斗が扉を押す。
すると今度は、あっさりと扉が開いた。
「……え?」
さっきまでびくともしなかった扉が、何事もなかったように開いている。
「鍵なんて掛かってなかったのか……。」
蓮が低く呟いた。
「誰かが外から押さえてた?」
誰も答えられない。
だが全員が同じことを考えていた。
この館には、自分たち以外の誰かがいる。
◇
夕方。
空は鉛色の雲に覆われ、再び雨が降り始めた。
食堂には昨夜と同じように豪華な料理が並んでいる。
しかし昨日のような笑い声はなかった。
六人は無言で席に着く。
紗奈の椅子だけが空いたままだった。
その空席を見つめ、美咲は胸が締めつけられる。
「……本当にどこへ行ったんだろう。」
「必ず見つかる。」
悠斗はそう言ったが、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
霧島は一人ひとりの前へ料理を運ぶ。
その手は、わずかに震えていた。
「皆様。」
霧島は静かに頭を下げる。
「どうか、お召し上がりください。」
誰もフォークを手に取らない。
すると大翔が苦笑した。
「食べないと頭も回らないよ。」
そう言ってスープを口へ運ぶ。
「……うまい。」
少しだけ空気が和らいだ。
美咲もパンをちぎり、ゆっくり食べ始める。
その時だった。
ガシャン!
突然、大きな音が響いた。
全員が立ち上がる。
音のした方を見ると、蓮が床へ倒れていた。
「蓮!」
美咲たちは駆け寄る。
蓮は胸を押さえ、苦しそうに呼吸をしている。
「ぐっ……!」
「どうした!?」
悠斗が肩を支える。
蓮は何かを伝えようと口を動かした。
しかし言葉にならない。
そのまま意識を失った。
「霧島さん!」
健人が叫ぶ。
「救急箱を!」
霧島はすぐに駆け出した。
美咲は蓮の脈を確かめる。
「脈はある!」
「呼吸もしてる!」
結衣が安堵の息を漏らした。
数分後。
霧島が医療箱を持って戻ってくる。
蓮はしばらくして意識を取り戻した。
「……俺。」
顔色は悪いが、命に別状はなさそうだった。
「大丈夫か?」
「ああ……。」
蓮は額の汗をぬぐう。
「急に息が苦しくなって……。」
霧島はテーブルの料理を見回した。
「念のため、食事は中止にいたします。」
「毒……?」
大翔が青ざめる。
「まだ分かりません。」
霧島はスープをスプーンですくい、小さな瓶へ移した。
「後で調べます。」
美咲は蓮の皿を見る。
他の皿と何も変わらない。
だが一つだけ。
スープの中に、小さな白い粒が沈んでいた。
「これ……。」
結衣も気づいた。
「塩じゃない。」
霧島は慎重に粒を取り上げる。
その表情が曇る。
「これは……薬です。」
「薬?」
「錠剤を砕いたようなものです。」
食堂の空気が凍りついた。
誰かが蓮の料理に薬を混ぜた。
偶然ではない。
明らかな犯行だった。
「でも、誰が?」
健人が立ち上がる。
「食堂にいたのは俺たちだけだぞ!」
「料理を運んだのは霧島さんです。」
結衣の一言で、視線が一斉に霧島へ向いた。
霧島は目を閉じる。
「疑われても仕方ありません。」
「違うんですか?」
霧島は静かに答えた。
「……違います。」
その言葉を信じたい。
しかし、状況だけを見れば、最も疑わしいのは霧島だった。
その時だった。
二階から、重いものを引きずるような音が響いた。
ズ……ッ。
ズ……ッ。
全員が息を止める。
音は、あの「立入禁止」の部屋の方から聞こえてくる。
しかも今度は、はっきりと人の足音も混じっていた。
コツ……コツ……。
美咲は悠斗と目を合わせる。
悠斗は小さく頷く。
誰かがいる。
それも、今この瞬間に。
蓮はまだ立ち上がれない。
健人が懐中電灯を握る。
「……確かめよう。」
霧島は制止しようとした。
だが、その声よりも早く。
六人は食堂を飛び出し、二階への階段を駆け上がっていった。
そして、誰もまだ知らなかった。
この選択が、黒薔薇館で初めて本当に「命が奪われる事件」へとつながることを――。



