コン、コン。
静まり返った部屋に、二度だけ響くノック。
美咲はベッドの上で体を強張らせた。
「……朝倉さん。」
少女の声が、もう一度聞こえる。
透き通るようにか細く、それでいてどこか悲しげな声だった。
美咲は恐る恐る扉へ近づく。
ドアノブに手を伸ばしかけた、その時だった。
――『午後九時以降は、決して部屋からお出になりませんよう。』
霧島の言葉が頭をよぎる。
ただの注意とは思えない、あの真剣な表情。
美咲は伸ばしかけた手を引っ込めた。
「……誰、ですか?」
震える声で問いかける。
返事はない。
耳を澄ますと、廊下の向こうへ歩いていくような足音だけが聞こえた。
ギシ……。
ギシ……。
やがて、その音も遠ざかり、館は再び静寂に包まれる。
「夢……じゃないよね。」
美咲はドアスコープを覗いた。
薄暗い廊下には、誰の姿もない。
ほっと胸をなで下ろした、その瞬間。
廊下の突き当たりにある窓の前を、黒い影が横切った。
「……っ!」
美咲は思わず息を呑む。
長い髪。
黒いドレス。
昨日、結衣が見たと言っていた少女と同じような姿だった。
しかし次の瞬間には、影は跡形もなく消えていた。
「そんな……。」
美咲は慌ててカーテンを閉め、ベッドへ戻った。
その夜はほとんど眠ることができなかった。
◇
翌朝。
窓から差し込む柔らかな光に、美咲はゆっくり目を覚ました。
昨日の激しい雨が嘘のように空は晴れ渡り、庭の黒い薔薇が朝露をまとって輝いている。
時計は午前七時半。
恐る恐る部屋を出ると、廊下にはすでに悠斗が立っていた。
「おはよう。……寝不足?」
美咲は苦笑する。
「顔に出てる?」
「思いっきり。」
その時、隣の部屋から結衣も出てきた。
彼女もどこか疲れた表情をしている。
「結衣、大丈夫?」
「……昨日、私も聞いた。」
「何を?」
「足音。」
三人の表情が変わる。
「誰かが廊下を歩いてた。」
「やっぱり……。」
美咲は昨夜の出来事を話した。
少女の声。
ノック。
黒い影。
話を聞き終えた悠斗は腕を組み、小さくうなった。
「偶然じゃないな。」
そこへ蓮、大翔、紗奈、健人も集まってくる。
「なんだ、朝から深刻そうな顔して。」
大翔が笑いながら近づいたが、美咲たちの話を聞くうちに、その笑顔は消えていった。
「俺も夜中に目が覚めた。」
健人が口を開く。
「誰かが階段を上り下りしてる音がした。」
「俺も聞いた。」
蓮も続ける。
「でも部屋は出なかった。」
七人全員が顔を見合わせた。
昨夜、誰一人部屋を出ていない。
なのに足音を聞いている。
「じゃあ……誰が歩いてたんだ?」
誰も答えられなかった。
◇
朝食の席でも重たい空気は続いていた。
霧島は何事もなかったかのように紅茶を注いでいる。
「霧島さん。」
美咲は意を決して尋ねた。
「昨日の夜、誰か廊下を歩いていましたよね?」
霧島の手が一瞬だけ止まる。
「いいえ。」
「でも私たち全員……。」
「聞き間違いでしょう。」
淡々とした返答だった。
「この館は古く、風が吹くと木材が軋みます。」
「それだけじゃ説明できません!」
思わず声を荒らげる美咲。
しかし霧島は穏やかな笑みを崩さない。
「朝食の後は、ご自由に館をご見学ください。」
まるで質問そのものをなかったことにするようだった。
◇
朝食を終えた七人は館の探索を始めた。
三階へ続く階段。
書斎。
音楽室。
温室。
どの部屋も立派で、まるで美術館のようだった。
しかし、不思議なことが一つあった。
二階の廊下の奥に、一本だけ鍵の掛かった扉がある。
重厚な鉄製の鍵。
扉には古びたプレートが付いていた。
「立入禁止」
「昨日は気づかなかったな。」
悠斗がプレートを指でなぞる。
「何があるんだろう。」
大翔がノブを回す。
ガチャ。
開かない。
「当然か。」
蓮は扉を軽く叩く。
コン……コン。
その瞬間だった。
――コン。
中から、誰かが叩き返した。
「え……?」
七人の動きが止まる。
もう一度。
コン。
確かに、扉の向こうから音が返ってきた。
紗奈の顔が青ざめる。
「誰か……いるの?」
返事はない。
館は静まり返っている。
「おい、霧島さん!」
悠斗が大声で呼ぶ。
だが返事はなかった。
もう一度、蓮が扉を叩く。
コン。
しかし今度は何も返ってこない。
「聞き間違い……?」
誰もそうは思えなかった。
その時だった。
廊下の向こうから霧島が静かに歩いてくる。
その表情からは感情がまったく読み取れない。
「皆様。」
霧島は鍵の掛かった扉の前で立ち止まった。
「この部屋には近づかないでください。」
「中に誰かいるんですか?」
健人が尋ねる。
霧島はゆっくり首を横に振る。
「……誰もおりません。」
「じゃあ、さっきの音は?」
「館は時々、不思議な音を立てます。」
そう言って鍵を確認すると、霧島は七人を見渡した。
その目は初めて、穏やかさではなく警戒を宿していた。
「どうか、この館のルールだけは守ってください。」
そう言い残し、霧島は去っていく。
七人は誰一人、その場を動けなかった。
そして美咲は気づいてしまう。
霧島が確認した鍵は、最初から開いていた形跡があったことに。
鍵穴の周りには、新しく付いた無数の擦り傷。
まるで最近、何度も誰かが無理やり開けようとしたかのように――。
美咲はその傷から目を離せなかった。
この館には、まだ誰も知らない秘密が隠されている。
そんな予感だけが、胸の奥で静かに膨らんでいった。
静まり返った部屋に、二度だけ響くノック。
美咲はベッドの上で体を強張らせた。
「……朝倉さん。」
少女の声が、もう一度聞こえる。
透き通るようにか細く、それでいてどこか悲しげな声だった。
美咲は恐る恐る扉へ近づく。
ドアノブに手を伸ばしかけた、その時だった。
――『午後九時以降は、決して部屋からお出になりませんよう。』
霧島の言葉が頭をよぎる。
ただの注意とは思えない、あの真剣な表情。
美咲は伸ばしかけた手を引っ込めた。
「……誰、ですか?」
震える声で問いかける。
返事はない。
耳を澄ますと、廊下の向こうへ歩いていくような足音だけが聞こえた。
ギシ……。
ギシ……。
やがて、その音も遠ざかり、館は再び静寂に包まれる。
「夢……じゃないよね。」
美咲はドアスコープを覗いた。
薄暗い廊下には、誰の姿もない。
ほっと胸をなで下ろした、その瞬間。
廊下の突き当たりにある窓の前を、黒い影が横切った。
「……っ!」
美咲は思わず息を呑む。
長い髪。
黒いドレス。
昨日、結衣が見たと言っていた少女と同じような姿だった。
しかし次の瞬間には、影は跡形もなく消えていた。
「そんな……。」
美咲は慌ててカーテンを閉め、ベッドへ戻った。
その夜はほとんど眠ることができなかった。
◇
翌朝。
窓から差し込む柔らかな光に、美咲はゆっくり目を覚ました。
昨日の激しい雨が嘘のように空は晴れ渡り、庭の黒い薔薇が朝露をまとって輝いている。
時計は午前七時半。
恐る恐る部屋を出ると、廊下にはすでに悠斗が立っていた。
「おはよう。……寝不足?」
美咲は苦笑する。
「顔に出てる?」
「思いっきり。」
その時、隣の部屋から結衣も出てきた。
彼女もどこか疲れた表情をしている。
「結衣、大丈夫?」
「……昨日、私も聞いた。」
「何を?」
「足音。」
三人の表情が変わる。
「誰かが廊下を歩いてた。」
「やっぱり……。」
美咲は昨夜の出来事を話した。
少女の声。
ノック。
黒い影。
話を聞き終えた悠斗は腕を組み、小さくうなった。
「偶然じゃないな。」
そこへ蓮、大翔、紗奈、健人も集まってくる。
「なんだ、朝から深刻そうな顔して。」
大翔が笑いながら近づいたが、美咲たちの話を聞くうちに、その笑顔は消えていった。
「俺も夜中に目が覚めた。」
健人が口を開く。
「誰かが階段を上り下りしてる音がした。」
「俺も聞いた。」
蓮も続ける。
「でも部屋は出なかった。」
七人全員が顔を見合わせた。
昨夜、誰一人部屋を出ていない。
なのに足音を聞いている。
「じゃあ……誰が歩いてたんだ?」
誰も答えられなかった。
◇
朝食の席でも重たい空気は続いていた。
霧島は何事もなかったかのように紅茶を注いでいる。
「霧島さん。」
美咲は意を決して尋ねた。
「昨日の夜、誰か廊下を歩いていましたよね?」
霧島の手が一瞬だけ止まる。
「いいえ。」
「でも私たち全員……。」
「聞き間違いでしょう。」
淡々とした返答だった。
「この館は古く、風が吹くと木材が軋みます。」
「それだけじゃ説明できません!」
思わず声を荒らげる美咲。
しかし霧島は穏やかな笑みを崩さない。
「朝食の後は、ご自由に館をご見学ください。」
まるで質問そのものをなかったことにするようだった。
◇
朝食を終えた七人は館の探索を始めた。
三階へ続く階段。
書斎。
音楽室。
温室。
どの部屋も立派で、まるで美術館のようだった。
しかし、不思議なことが一つあった。
二階の廊下の奥に、一本だけ鍵の掛かった扉がある。
重厚な鉄製の鍵。
扉には古びたプレートが付いていた。
「立入禁止」
「昨日は気づかなかったな。」
悠斗がプレートを指でなぞる。
「何があるんだろう。」
大翔がノブを回す。
ガチャ。
開かない。
「当然か。」
蓮は扉を軽く叩く。
コン……コン。
その瞬間だった。
――コン。
中から、誰かが叩き返した。
「え……?」
七人の動きが止まる。
もう一度。
コン。
確かに、扉の向こうから音が返ってきた。
紗奈の顔が青ざめる。
「誰か……いるの?」
返事はない。
館は静まり返っている。
「おい、霧島さん!」
悠斗が大声で呼ぶ。
だが返事はなかった。
もう一度、蓮が扉を叩く。
コン。
しかし今度は何も返ってこない。
「聞き間違い……?」
誰もそうは思えなかった。
その時だった。
廊下の向こうから霧島が静かに歩いてくる。
その表情からは感情がまったく読み取れない。
「皆様。」
霧島は鍵の掛かった扉の前で立ち止まった。
「この部屋には近づかないでください。」
「中に誰かいるんですか?」
健人が尋ねる。
霧島はゆっくり首を横に振る。
「……誰もおりません。」
「じゃあ、さっきの音は?」
「館は時々、不思議な音を立てます。」
そう言って鍵を確認すると、霧島は七人を見渡した。
その目は初めて、穏やかさではなく警戒を宿していた。
「どうか、この館のルールだけは守ってください。」
そう言い残し、霧島は去っていく。
七人は誰一人、その場を動けなかった。
そして美咲は気づいてしまう。
霧島が確認した鍵は、最初から開いていた形跡があったことに。
鍵穴の周りには、新しく付いた無数の擦り傷。
まるで最近、何度も誰かが無理やり開けようとしたかのように――。
美咲はその傷から目を離せなかった。
この館には、まだ誰も知らない秘密が隠されている。
そんな予感だけが、胸の奥で静かに膨らんでいった。



