ゴールデンウィークが明けると、学校は一気に体育祭ムードに包まれた。
校庭には朝早くから生徒たちの元気な声が響き渡る。
「今年のリレー、神崎がアンカーだって!」
「やっぱりね! 去年も一位だったし!」
そんな会話が聞こえてきて、私は思わず怜の方を見る。
照れくさそうに頭をかきながら笑う姿は、いつもと変わらない。
「怜、おめでとう。」
「ありがと。でもさ、プレッシャーなんだよな。」
「怜なら大丈夫だよ。」
「結衣にそう言われると頑張れる。」
その一言だけで、胸がふわっと温かくなる。
そんなこと、簡単に言わないでよ……。
私だけが特別なんじゃない。
怜は誰にでも優しい。
それなのに、期待してしまう自分がいる。
昼休み。
私は教室でお弁当を広げていた。
「朝比奈さん、一緒に食べよう!」
クラスメイトに誘われ、輪の中に入る。
恋愛の話題になると、自然と怜の名前が出てきた。
「神崎くんって本当にかっこいいよね!」
「優しいし、運動もできるし!」
「今度告白しようかな。」
その言葉に、お箸を持つ手が止まった。
「え?」
「ダメかな?」
「いや……。」
笑わなきゃ。
応援するふりをしなきゃ。
「きっと……喜ぶと思うよ。」
そう言った瞬間、自分の心が少しだけ泣いた気がした。
放課後。
校庭ではリレーの練習が始まっていた。
「位置について!」
先生の笛が鳴る。
怜はスタートからぐんぐんと前へ飛び出し、あっという間に全員を追い抜いていく。
「速い!」
「神崎くんすごい!」
歓声が上がる。
でも、ゴールまであと少しというところで――。
怜の足が、ふらりと揺れた。
「……っ!」
一瞬だけ体勢を崩し、その場に膝をつく。
「神崎!」
先生が駆け寄る。
私は息をのんだ。
「怜!」
走って近づくと、怜は苦笑いを浮かべた。
「転んだだけ。」
「本当に?」
「ほら、この通り。」
そう言って立ち上がる。
周りからも「なんだ、びっくりした」と笑い声が上がった。
だけど私は笑えなかった。
怜の額には、いつも以上に汗がにじんでいた。
顔色も、少し青白い。
練習が終わり、校舎へ戻る途中。
「今日は帰ろう。」
私が声をかけると、怜は少しだけ驚いたような顔をした。
「心配してる?」
「……当たり前だよ。」
「大丈夫だって。」
怜は笑う。
でも、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。
「結衣。」
「ん?」
「もし俺が急にいなくなったら、どうする?」
突然の言葉に、私は立ち止まった。
「え……?」
「冗談。」
怜はすぐに笑ってごまかす。
「そんなこと言わないで。」
思わず強い口調になる。
「ごめん。」
怜は少し寂しそうに笑った。
「でもさ。」
夕日を見つめながら、小さくつぶやく。
「当たり前の毎日って、ずっと続くわけじゃないんだよな。」
その言葉の意味を、この時の私はまだ知らなかった。
ただ、胸の奥に小さな不安だけが静かに残っていた。
体育祭まであと一週間。
学校中が熱気に包まれ、どこへ行っても笑い声が聞こえてくる。
私は窓際の席からグラウンドを眺めていた。
サッカー部の練習をしている怜が目に入る。
「ナイスシュート!」
「神崎、さすが!」
部員たちの声が響く。
怜は照れくさそうに笑って親指を立てた。
その姿を見ていると、やっぱり安心する。
⋯⋯でも。
最近の怜は、時々ぼんやりと空を見上げることが増えた。
何かを考え込むような横顔。
誰にも見せない寂しそうな笑顔。
そんな表情を見るたびに、胸がざわついた。
その日の放課後。
「結衣、ごめん!」
帰る準備をしていた私に、怜が駆け寄ってきた。
「今日は一緒に帰れない。」
「部活?」
一瞬だけ、怜の表情が曇る。
「……うん。そんな感じ。」
何かをごまかしたような笑い方だった。
「そっか。」
「また明日!」
そう言って走って行く怜。
私は窓からその後ろ姿を見送った。
だけど⋯⋯
「あれ……?」
怜はグラウンドではなく、校門を出て駅の方向へ歩いていく。
部活じゃない?
胸がざわつく。
追いかけちゃダメ。
そう思ったのに、足は自然と動いていた。
駅前。
怜は電車に乗り、二駅先で降りた。
人混みに紛れながら歩いていく。
私は見失わないように、少し距離を空けてついて行った。
しばらく歩くと、一つの大きな建物の前で怜が立ち止まる。
白い外壁。
救急車のマーク。
入口には大きく書かれた文字。
「〇〇総合病院」
「……病院?」
思わず息をのむ。
怜は慣れた様子で自動ドアをくぐっていった。
私は入口の前で立ち尽くす。
病院へ来る理由なんて、いくらでもある。
家族のお見舞いかもしれない。
健康診断かもしれない。
そう思いたかった。
でも、胸の奥では嫌な予感がどんどん膨らんでいく。
私は勇気を出して病院の中へ入った。
受付の近くにある待合スペース。
少し離れた場所に座る怜の姿が見えた。
俯いたまま、自分の順番を待っている。
学校で見せる笑顔はどこにもなかった。
その横顔は、とても苦しそうで、今にも泣き出してしまいそうだった。
「神崎さん。」
看護師さんに呼ばれ、怜が立ち上がる。
診察室へ入る直前――
怜が小さく胸元を押さえた。
私は思わず一歩踏み出しかける。
だけど、その時。
「……っ。」
怜が振り返った。
一瞬だけ、私と目が合う。
「結衣……?」
驚いたような表情。
そして、すぐに困ったように笑った。
「……なんで、ここにいるんだよ。」
私は何も答えられなかった。
聞きたいことは山ほどある。
どうして病院にいるの?
体は大丈夫なの?
最近倒れそうになったのも関係あるの?
でも、声にならない。
怜は小さくため息をついた。
「……見つかっちゃったか。」
その一言が、胸に深く刺さる。
隠していた秘密。
それが今、少しずつ明らかになろうとしていた。
診察室の扉が静かに閉まる。
私はその扉を見つめたまま動けなかった。
心臓の音だけが、静かな待合室に響いているような気がした。
⋯⋯お願い。
ただの検査だって言って。
「大丈夫」って笑って。
そう願いながら、私は扉が開くのを待ち続けた。
だけど、その願いは――
もうすぐ、残酷な現実によって打ち砕かれることになる。
校庭には朝早くから生徒たちの元気な声が響き渡る。
「今年のリレー、神崎がアンカーだって!」
「やっぱりね! 去年も一位だったし!」
そんな会話が聞こえてきて、私は思わず怜の方を見る。
照れくさそうに頭をかきながら笑う姿は、いつもと変わらない。
「怜、おめでとう。」
「ありがと。でもさ、プレッシャーなんだよな。」
「怜なら大丈夫だよ。」
「結衣にそう言われると頑張れる。」
その一言だけで、胸がふわっと温かくなる。
そんなこと、簡単に言わないでよ……。
私だけが特別なんじゃない。
怜は誰にでも優しい。
それなのに、期待してしまう自分がいる。
昼休み。
私は教室でお弁当を広げていた。
「朝比奈さん、一緒に食べよう!」
クラスメイトに誘われ、輪の中に入る。
恋愛の話題になると、自然と怜の名前が出てきた。
「神崎くんって本当にかっこいいよね!」
「優しいし、運動もできるし!」
「今度告白しようかな。」
その言葉に、お箸を持つ手が止まった。
「え?」
「ダメかな?」
「いや……。」
笑わなきゃ。
応援するふりをしなきゃ。
「きっと……喜ぶと思うよ。」
そう言った瞬間、自分の心が少しだけ泣いた気がした。
放課後。
校庭ではリレーの練習が始まっていた。
「位置について!」
先生の笛が鳴る。
怜はスタートからぐんぐんと前へ飛び出し、あっという間に全員を追い抜いていく。
「速い!」
「神崎くんすごい!」
歓声が上がる。
でも、ゴールまであと少しというところで――。
怜の足が、ふらりと揺れた。
「……っ!」
一瞬だけ体勢を崩し、その場に膝をつく。
「神崎!」
先生が駆け寄る。
私は息をのんだ。
「怜!」
走って近づくと、怜は苦笑いを浮かべた。
「転んだだけ。」
「本当に?」
「ほら、この通り。」
そう言って立ち上がる。
周りからも「なんだ、びっくりした」と笑い声が上がった。
だけど私は笑えなかった。
怜の額には、いつも以上に汗がにじんでいた。
顔色も、少し青白い。
練習が終わり、校舎へ戻る途中。
「今日は帰ろう。」
私が声をかけると、怜は少しだけ驚いたような顔をした。
「心配してる?」
「……当たり前だよ。」
「大丈夫だって。」
怜は笑う。
でも、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。
「結衣。」
「ん?」
「もし俺が急にいなくなったら、どうする?」
突然の言葉に、私は立ち止まった。
「え……?」
「冗談。」
怜はすぐに笑ってごまかす。
「そんなこと言わないで。」
思わず強い口調になる。
「ごめん。」
怜は少し寂しそうに笑った。
「でもさ。」
夕日を見つめながら、小さくつぶやく。
「当たり前の毎日って、ずっと続くわけじゃないんだよな。」
その言葉の意味を、この時の私はまだ知らなかった。
ただ、胸の奥に小さな不安だけが静かに残っていた。
体育祭まであと一週間。
学校中が熱気に包まれ、どこへ行っても笑い声が聞こえてくる。
私は窓際の席からグラウンドを眺めていた。
サッカー部の練習をしている怜が目に入る。
「ナイスシュート!」
「神崎、さすが!」
部員たちの声が響く。
怜は照れくさそうに笑って親指を立てた。
その姿を見ていると、やっぱり安心する。
⋯⋯でも。
最近の怜は、時々ぼんやりと空を見上げることが増えた。
何かを考え込むような横顔。
誰にも見せない寂しそうな笑顔。
そんな表情を見るたびに、胸がざわついた。
その日の放課後。
「結衣、ごめん!」
帰る準備をしていた私に、怜が駆け寄ってきた。
「今日は一緒に帰れない。」
「部活?」
一瞬だけ、怜の表情が曇る。
「……うん。そんな感じ。」
何かをごまかしたような笑い方だった。
「そっか。」
「また明日!」
そう言って走って行く怜。
私は窓からその後ろ姿を見送った。
だけど⋯⋯
「あれ……?」
怜はグラウンドではなく、校門を出て駅の方向へ歩いていく。
部活じゃない?
胸がざわつく。
追いかけちゃダメ。
そう思ったのに、足は自然と動いていた。
駅前。
怜は電車に乗り、二駅先で降りた。
人混みに紛れながら歩いていく。
私は見失わないように、少し距離を空けてついて行った。
しばらく歩くと、一つの大きな建物の前で怜が立ち止まる。
白い外壁。
救急車のマーク。
入口には大きく書かれた文字。
「〇〇総合病院」
「……病院?」
思わず息をのむ。
怜は慣れた様子で自動ドアをくぐっていった。
私は入口の前で立ち尽くす。
病院へ来る理由なんて、いくらでもある。
家族のお見舞いかもしれない。
健康診断かもしれない。
そう思いたかった。
でも、胸の奥では嫌な予感がどんどん膨らんでいく。
私は勇気を出して病院の中へ入った。
受付の近くにある待合スペース。
少し離れた場所に座る怜の姿が見えた。
俯いたまま、自分の順番を待っている。
学校で見せる笑顔はどこにもなかった。
その横顔は、とても苦しそうで、今にも泣き出してしまいそうだった。
「神崎さん。」
看護師さんに呼ばれ、怜が立ち上がる。
診察室へ入る直前――
怜が小さく胸元を押さえた。
私は思わず一歩踏み出しかける。
だけど、その時。
「……っ。」
怜が振り返った。
一瞬だけ、私と目が合う。
「結衣……?」
驚いたような表情。
そして、すぐに困ったように笑った。
「……なんで、ここにいるんだよ。」
私は何も答えられなかった。
聞きたいことは山ほどある。
どうして病院にいるの?
体は大丈夫なの?
最近倒れそうになったのも関係あるの?
でも、声にならない。
怜は小さくため息をついた。
「……見つかっちゃったか。」
その一言が、胸に深く刺さる。
隠していた秘密。
それが今、少しずつ明らかになろうとしていた。
診察室の扉が静かに閉まる。
私はその扉を見つめたまま動けなかった。
心臓の音だけが、静かな待合室に響いているような気がした。
⋯⋯お願い。
ただの検査だって言って。
「大丈夫」って笑って。
そう願いながら、私は扉が開くのを待ち続けた。
だけど、その願いは――
もうすぐ、残酷な現実によって打ち砕かれることになる。

