名もなき空に、青い風が吹く

 「……芦香」

 キーホルダーを握りしめて泣きじゃくって
いると、掠れた声が聞こえた。目を向けると、
大翔が手をこちらに伸ばしている。

 「ひっ、ひっ」

 名前を呼べないままその手にしがみついて
泣きじゃくる。頬を伝って唇に染みた涙がな
んだか甘くて、温かくて、わたしはついに声
を上げて泣き始めた。

 「泣きすぎ」

 うええっ、と子どものように泣いていると、
呆れた声がして顔を上げる。長い前髪の奥の
黒い瞳が、しっかりわたしを捉えている。

 「……泣いちゃ悪い?」

 洟を啜りながら大翔を睨む。

 「別に、悪くないけど」

 一拍の間、沈黙が流れ、どちらともなく笑
みを浮かべたわたしたちを、白い狐が静かに
見守っていた。





 シャーッと小気味よい音をさせながら目の
前を女の子が滑っていく。きゃはは、と明る
い声が青空に弾ける。木製の古びたターザン
ロープはいまも子どもたちに人気があるよう
で、スタートデッキの向こうには順番を待つ
列が出来ている。ストッパーのタイヤで勢い
よく跳ね返ってきた女の子が真ん中らへんで
ロープから飛び降りると、デッキの上に立っ
ている男の子が手を伸ばした。

 「あそこまで引っ張るのが、大変なんだよ
ねぇ」

 滑走用のワイヤーはデッキ部分が一番高く
なっているから、スタートラインまでロープ
を引っ張って戻るのがなにげに骨なのだ。

 わたしたちが滑った時は、いつもいっくん
が受け取ってくれたな。懐かしさに目を細め
ていると、突然、耳元で不機嫌な声がした。

 「ベンチで待っててって、言ったじゃん」

 ビクッと肩を震わせて、振り返る。いつの
間にか後ろに立っていた大翔に、ほぅ、と息
をつく。

 「ごめん。座って待ってようと思ったんだ
けど、あんまり気持ちのいい天気だから散歩
しちゃった。よくここだってわかったね」

 待ち合わせ場所から勝手に離れたわたしを
見付けたことを褒めると、大翔は前を向き、
口端を上げた。

 「ここしかないじゃん」

 「それもそうだね」

 二人で肩を並べる。赤い円盤に両足を乗せ、
男の子が風を切りながら颯爽と滑っていくの
を、目で追いかける。

 「いっくんは、いつ未来が視えたのかな?」

 なんの脈絡もなく、いきなりそんなことを
口にすると大翔が首を傾げた。