名もなき空に、青い風が吹く

 「じゃあ、疲れてるところ申し訳ないけど、
ちょっと行ってくるよ。大翔のことよろしく」

 「はい、いってらっしゃい」

 病室を出て行くお父さんに、やんわり笑み
を向ける。仕事も撮影機材も放り出して大翔
の元へ駆け付けたお父さんは、神社に戻って
やらなきゃならないことがあるらしい。

 よろしく、と言われてもただ大翔の傍にい
ることしか出来ないけど……。

 そんなことを思って静かに眠っている大翔
を見やると、わたしはたくさんの管が繋がっ
ている手をそっと握った。




 大量出血を起こし、一時は危険な状態に陥
ったけれど、大翔はなんとか命を取り留めた。
輸血が間に合わなかったら助からなかったと
いう話を手術室から出てきた医師に聞かされ
た時、お父さんは両手で顔を覆っていた。

 そのあとすぐ大翔のお母さんも病院に来た
けれど、入院に必要な物を取りに行かなけれ
ばと家に帰ったのは、一時間ほど前のことだ。

 極度の緊張とストレスで倒れた鷲塚さんも
迎えに来たご両親と帰ったから、大翔の付き
添いはわたししかいない。

 「なんかあったら責任重大だね。いつでも
押せるようにしとこう」

 眠っている大翔に小声で語りかけると、わ
たしは壁に垂れ下がっているナースボタンを
引っ張って大翔の枕元に置いた。

 その時、白い狐と目が合ってしまう。病室
の壁には、ベッドごとに狐面が飾られている。
祭りに行けない患者にせめて雰囲気だけでも
という、細やかな心配りなのだろうけど。

 朱色で縁どられた吊り目は笑っているよう
にも、睨んでいるようにも見えて少し落ち着
かなかった。

 つい、と狐から目を逸らし大翔を見つめる。
長い一日だったね、と心の中で話し掛ければ、
ズキっと膝が痛みを訴えてきて苦笑いを浮か
べる。よく走ったな、わたし。行列に交じっ
て、人を掻き分けて、ホントによく走ったよ。

 昨日の自分を労っていると、ノックをする
音がして病室の戸が開いた。

 「失礼します」

 パソコンが載ったワゴンを押しながら看護
師が入ってくる。わたしは、ぱっと手を離す
と椅子から立ち上がり壁に寄った。