名もなき空に、青い風が吹く

 通行止めの看板を通り過ぎ、ずらっと道を
囲むように出来た人だかりに近づくと、そこ
だけ空気が違っていた。風を撫でるようなや
さしい雅楽の音色に包まれながら、一歩一歩
進む狐の行列を、大勢の人たちがうっとりと
眺めていた。

 立ち並ぶ人の隙間からちらっと見えた白無
垢の花嫁は、緋色の彼岸花を手に、淑やかに
歩いている。その後ろに、ボロボロに破れた
和傘を差した袴姿の男性が続き、シャララン
と鈴が鳴りやんだ瞬間、一行がピタリと止ま
った。来場者に白い狐面を向けるように小首
を傾げ、動きを止めたかと思うと、また笛の
音に合わせ行列が前に進む。

 右に一歩、左に一歩。リズムに合わせなが
ら薄闇の中を悠然と歩いてゆく様子に、一瞬
魅入ってしまったわたしは、我に返り、慌て
て人ごみを掻き分けた。

 「すみません。ちょっ、ごめんなさいっ!」

 肩で押しのけるようにして集団を抜け通り
に出ると、朱色の太鼓橋を渡っている狐の行
列を追いかけていく。黒留袖に身を包んだ女
性たちの横を走り、揺れる提灯の赤色を視界
の端に捉えながら鳥居をくぐって大きな櫻門
の下を通ると、境内は橙の光に包まれていた。

 「やっ」という掛け声と共に先頭で巫女鈴
を鳴らしながら歩いていた女性が、わたしを
向く。狐面の奥にある瞳に、きっ、と睨まれ
た気がしたわたしは、肩を竦め、逃げるよう
に参道の両側に並んでいる来場者に紛れた。

 神楽殿はどこだろう?人波を抜けて境内の
隅に出ると、じゃりじゃり玉石を踏み鳴らし
ながら歩く。深い木々に覆われた境内は想像
していたよりも広く、暗い空が遠い。いくつ
かある建物はどれも造りが似ていて、ぐるり
と見回してもお父さんらしき人は見当たらな
い。みんなが白い狐面を付けていて、どこを
見ても狐だらけで……その中を彷徨う自分だ
けが人の子のような心地だった。

 どうしよう、お父さんがここにいることは
わかってるのに。橙に染まる境内を眺めつつ、
うろうろ歩き続ける。玉石を踏みしめるたび
膝に響いて、くっと眉間にシワを寄せる。