名もなき空に、青い風が吹く

 明るい廊下を進んで角を曲がると、救命救
急室の前に出た。壁に沿って置いてある青い
長椅子は全部ふさがっていたので、わたした
ちは柱の窪みに整然と並んでいる車椅子の横
に立った。

 観音開きの大きな扉は閉ざされていて、中
の様子はわからない。薄いビニールのエプロ
ンをした看護師が何人か入っていったけれど、
大翔の姿は見えなかった。

 「大翔、大丈夫かな」

 ぽつりと呟くと、鷲塚さんが視線をリノリ
ウムの床に落とす。

 「初めは意識があったんだけど、助けが来
た時は呼びかけても反応がなくて……。突然
強い衝撃が来てね、とっさに大翔が覆いかぶ
さってくれたの。バスの中はぎゅうぎゅう詰
めで、わたしは通路側の椅子に座ってて……。
気付いたら、大翔が押しつぶされてた」

 鷲塚さんの声が涙に揺れる。なにが起きた
のかわからないまま、反射的に彼女を守ろう
とした大翔が目に浮かんで、くっと喉の奥が
しまる。

 大翔は、いざとなったら命懸けで彼女を守
る覚悟をしてたんだろう。だから、突然あん
なメッセージをわたしに送ってきた。もしか
したら、もう会えないかもしれない。

 そう思ったからいきなり告白してきたんだ。

 「……馬鹿みたい」

 そんな言葉が口から零れてしまって、鷲塚
さんが顔を覗く。心の内を説明できず苦笑い
を向けると、彼女は小首を傾げ、視線を遠く
にやった。

 「わたし、こういうことがあった時、誰か
の役に立ちたくて救命講習を受けたの。でも、
なにも出来なかった。いくら訓練で完璧に出
来ても現実は甘くないんだって……思い知ら
された。意識のない大翔を動かしていいの?
自分のしたことが間違ってたら?って思った
ら怖くて、名前呼ぶことしか出来なかったん
だよね。心臓マッサージどころじゃなかった」

 小さく首を振って、ため息をつく。なにも
出来なかったと自分を責めている鷲塚さんに
かける言葉を探していると、ふいに視界から
彼女が消えた。えっ?と瞬きをして床に目を
向けたわたしは、思わず息を飲む。長い髪を
散らして倒れている彼女を見て、声を上げた。