名もなき空に、青い風が吹く

 『急停車します。ご注意ください』

 単調な声が聞こえた直後、ギギーッっとい
う甲高い音がして電車が大きく揺れる。

 「うわっ!」

 バランスを崩したわたしは遠心力も加わっ
てぐるっと体が半回転し、目の前に座ってい
たお爺さんにダイブしてしまった。ばしっ、
と帆布のサコッシュがお爺さんの顔に当たっ
てしまう。居眠りをしていたお爺さんはびっ
くりして手をバタつかせた。

 「すっ、すみません!」

 慌てて体勢を整えて、ぺこっと頭を下げる。

 悪気がないことをわかっているお爺さんは、
頬を擦りながら「いいえ」と、笑って許して
くれた。

 車窓の向こうに流れていた風景がピタッと
止まり、再びアナウンスが流れる。

 『ただいま前方の安全確認を行っています。
発車まで今しばらくお待ちください』

 すぐに動き出しそうな感じのアナウンスに、
周囲の乗客たちは何事もなかったような顔を
して、その時を待った。けれどそれから十分
経っても、十五分経っても、電車は動かなか
った。ジーッというモーター音だけが車内に
響き、次第に乗客が苛立ち始める。

 「安全確認ってなに?」

 「なんの確認してんのか言って欲しいよね」

 側に立っている女の子たちがひそひそ文句
を言っている。わたしは心の中で「同感」と
頷くと、スマホを取り出し、大翔に連絡した。

 『やばい。電車、停車したまま動かない』

 『なにそれ』

 既読が付いたかと思うとすぐに返信がくる。
 
 『なんで止まってんの?』
 
 『わかんない。安全確認だって』
 
 腕を組んでプンプンしているクマのスタン
プを送る。どうすることも出来ない苛立ちを、
メッセージに込める。あと五分で着くところ
にいるのに駅に辿り着けないのだ。どれくら
いで電車が動き出すかわからないから、額に
冷たい汗が滲む。

 どうしよう、バスは一時間に二本しかない。
 それを逃したら、お父さんを待たせちゃう。

 一向に動く気配のない電車に唇を噛みしめ
たわたしは、「すみません」と声をかけながら
人を押しのけ、隣の先頭車両に行った。

 そして、前面の窓を見てガクッと肩を落と
した。